SETコミュニケーション

 「サポート・共感・真実」などと大仰な言葉を耳にすると、どこかあやしげな新興宗教じみて聞こえてしまうかもしれませんが(私も最初『あれ、買う本を間違えたかな?』と思った記憶)、このSETシステムというのは、むしろ、そういう神秘やオカルトとはまったく逆のことを主張していると言っていいと思います。なにしろSETにとっての真実とは、ただの現実のことであり、さまざまな非現実的逸脱の誘惑を振り払うことで見出されるものなのですから。
 SETが目指しているのは、要するに周りの家族や恋人や友人や治療者が、日々のBPDの破滅的な言動をできるだけ健全で妥当な範囲に鎮めながら、彼らの弱い自我や自尊感情や現実検討能力がより強化されるための補助をすることだと思います。SET自体はあくまで対処法であって治療ではないので、それで劇的な改善が見込めるわけではないでしょうが、私はこれに触れて、合理主義的な清潔さに、少なからず感動しました。さきの先入観からの落差ということもあったでしょうけれど(むしろその落差をこそねらってる面がある?)。
 また、個人的に、のちのカーンバーグの『現実検討能力』の理解の助けにもなったと思います。
 ただ私の印象として、BPDを含む家庭等は、たいてい予め何らかの問題を抱えている場合が多いと思われ、往々にしてこのSETを理想的に実行できる環境ではないかもしれません。まあ、だからこそシステムとして意識する必要があるということでしょうけれど。


SETコミュニケーション

img183.jpg 『SET』―Support(サポート) Empathy(共感) Truth(真実)―は、三つのパートからなるコミュニケーションのシステムである。破壊的なふるまいや、重要な決定をするセッション、あるいは他のクライシスに対峙するあいだ、ボーダーラインとの相互関係は、これら三つすべての要素を浮かび上がらせるはずである。
 このシステムの『S』ステージである『Support』(サポート)は、個人的な気遣いの言葉を呼び起こす。「私はあなたがどう感じているのか心から気にしています」はサポートの言葉の一例である。力点は話し手自身の感情に置かれるが、本質的には助けになろうとする個人的な誓約にある。
 『Empathy』(共感)の部では、人はボーダーラインのカオス的な感情を認識しようと試みる。たとえば、「あなたはどんなにか怖かったに違いない...」。共感と同情(「あなたを気の毒だと思います...」)を混同しないことは重要で、後者は恩着せがましいととられて怒りを誘ってしまう可能性がある。また、共感は、話し手自身の感情への言及を最小限にした、中立的なやりかたで表現されるべきものである。ここでの力点は、ボーダーラインの痛みの経験にあり、話し手のそれにはない。「あなたの苦しみが私にはすべて分かります」のような発言は、実際あなたは分かっていないとか対立を悪化させるだけの、冷笑的な応答を招く。
img184.jpg 『Truth』(真実)や現実を表している『T』ステートメントは、ボーダーラインが彼自身の人生に対する最終的な責任を負っているのであり、他者の助けようとする試みがこの第一の責任を先取りすることはできないということに、力点を置く。Support(サポート) とEmpathy(共感) が当人がどう感じているかを認識しようとする主観的なステートメントである一方で、Truth(真実)のステートメントは、ある問題が存在しているという認識を示し、それを解決するために何がなされうるのかという実際問題に注意を向ける。「それで、それについてあなたはどうするつもりなの?」はひとつの本質的なTruth(真実)の反応である。その他の特徴的なTruth(真実)表現は、話し手がボーダーラインの振る舞いに対する責任を負うことを強いられていると感じた行動に対し言及するが、これは事実問題の中で中立的な方法によって表現されるべきである(「起ったことはここにある...、いくつかの帰結...、これが私ができることの精いっぱい...、あなたはどうするつもりなの?」)。しかし、それらは、責め立てたりサディスティックに懲らしめるのを避けるようにして話されるべきである(「これはあなたが巻き込んだ大混乱ですよ!」「あなたの自業自得ってもの!」)。『SET』システムの『Truth』(真実)部は最も重要であり、彼の世界の大半が現実的な結末を排除したり拒絶したりするので、、ボーダーラインにとって受け入れるのが最も難しい。
 ボーダーラインとのコミュニケーションでは、三部すべてのメッセージが含まれているようにすべきである。しかしながら、三つすべてのパートが述べられても、ボーダーラインはそれらすべてを統合しないかもしれない。これらの段階のひとつがきちんと述べられないとか『聞いて』ない場合に、おきまりの反応に終わる。
 たとえば、このシステムの『Support』(サポート)ステージが回避された場合、ボーダーラインは、彼に気を掛けなかったり関わりたがらない他者を、特徴的に非難する。その場合、他者が彼を気遣わなかったり危害をもたらしたがりさえするかもしれないということに基づいて、それ以上のやりとりを放棄する傾向にある。ボーダーラインからの非難である、「かまってくれない!」は通常『Support』(サポート)ステートメントが組み込まれていないことを示唆している。
 メッセージのEmpathy(共感)部の伝達がうまくいかないのは、他者がボーダーラインが受けている試練を理解していないという感覚を導き出す。(「私の気も知らないで」)。こうなると、ボーダーラインは、彼が誤解されていると言って、コミュニケーションの拒否を正当化するだろう。他者が痛みを正しく評価しえないので、彼の反応は低く評価されうる。Support(サポート) とEmpathy(共感) いずれかの申し出がボーダーラインによって受け入れられなかった場合、さらなるコミュニケーションが聞かれることはない。
img185.jpg 『Truth』(真実)要素がはっきり表現されない場合、さらに危険な状況が到来する。ボーダーラインは、彼の欲求に対してもっとも満足がいくと彼が思っているやり方への他者による黙従を、他者が本当に彼に責任を持ってくれているとか、彼の認識が全体的にシェアされサポートされているているという、確証として通常は解釈する。ボーダーラインのこれらの他者とのもろい融合は、結局は、その関係が彼の非現実的な期待の重みに耐えられなくなるときに崩壊する。明言された『Truth』(真実)および対決がないと、ボーダーラインは他者に過剰に深入りし続ける。彼の欲求が満たされたなら、ボーダーラインは、すべてがよくなったとか、少なくとも、状況がましになっていると主張するだろう。実際、このからみつきの兆候は、しばしば顕著な、一時的な対立の停止であって、たとえばボーダーラインは敵意や怒りをあまり表さなくなるだろう。しかし、彼の非現実的な期待がついに破綻するとき、怒りと失望の大火災のなかで関係は崩壊する。

(Translated from 『I Hate You, Don't Leave Me』p100-p102 Jerold J. Kreisman)

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