色盲のたとえ

 メンタルヘルス方面の書籍を読んでると時々「色盲のたとえ」が使われることがある。つまり、色盲者は交通信号を見るときに、色ではなくどの位置のランプが光っているかによって信号の意味を判断する。それでもいちおう事足りるという。そして、(軽度)自閉症やNPDやサイコパスといった共感性に障害のある人々は、社会や共同体に適応しようとするときに色盲者たちとどこか似たような内的操作をするようだ。
 つまり、彼ら非共感者たちは、一次的にはその場の雰囲気が読めなかったり標準的な情緒を催さなかったりするのだが、半拍くらいはずれるとしても、周囲の人々のかすかな反応等をいち早く理性によって捉えることで、集団に馴染むような二次反応を自らに作り出すらしい。詐欺師などで頭のいいサイコパスなどはそのある種の熟達者と言っていいのかもしれない。
 しかし今日夜道を歩いていてふと気付いたのだが、夜間には信号機のランプの位置がよく分からないのである。確かに昼間は左が進め(青)とか色が知覚できなくてもランプの並びで分かるだろうが、夜はどの位置のランプが光っているのかとてもわかりにくいか、ほとんどわからない。
 世の中弥縫策というのはあるべきものだが、それにまつわる限界は必ずあり、中長期的にどこかではカタストロフィーに遭遇するのかもしれない。日常においても別のストレスが生じているくらいはあらわかもしれない。

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