日本での生活マナーを外国人に教える際に、しばしば話題にのぼるのが「(主に和食で)麺類を食べるときには、音を立てても良い」とする慣習上の例外規定である(そういえば、麺だけとは言わず、日本人は食事を楽しむためくちゃくちゃ音を立てて食べるのだと、白人観光客の一団に向かって堂々説明しているベテラン風女性通訳を見たことがあるが、あの人は外国人に対してずっとああ説明し続けてきたのだろうか?)。とにかく、この「音を立てても良い」とする例外を説明する際に代表的に使われるロジックとして、麺類ではすする音が食欲や味わいを増すため許されるというのがあるだろうと思う。
しかし、私個人はあの麺をすする音はそれ自体があまり好きではないし特に食欲もそそらない。むしろ全然逆なのである。と言っても私として麺をすすらないわけでもまたない。要はあまり音が立たないようにすするのである。
そういうわけで、私は、麺類を食べる際に音を立てることは一般的な日本人と同じく容認しはするのだが、できるだけ立てないように善処すべきという派である。そのためのロジックとして私が信じているのは、以下のようなことである。
つまり、和食の麺類のスープは、普通パスタソース等のようには粘度が高くないので、箸で麺をつまんで持ち上げ口に運ぶまでの短い時間のうちに、どんどん滴り落ちていってしまう。うどんや蕎麦(やラーメン)は、スープにこそ旨みが込められ、あるいは手間も費用も掛けられているわけで、できることならスープと麺が充分にからみあった状態のまま迅速に口の中まで持って行きたいというのが通常の欲求である。あくまでも作法のために食事があるのでないなら、多少は不快な音が立つことを許容してまでも、この際思い切って麺をすする方が食べ方として正しい...。
一般に、麺をすする際に発生する音が下品な観点においてではなく味わいを引き立てるとされえているのは、条件付けによる反応である可能性が高いと思われる。迅速にすすることによってより多くのスープが麺とともに口に取り込まれるために食味が増し、その際には当然必ずあの「すすり音」が聞こえているので、双方を結びつける条件反射が形成されているのではないかと思う。これは、相関と因果の混同とも言い換えられるかもしれない。
私は、上記のような条件反射あるいは混同が社会的に矯正されるべきものだと言いたいわけでは必ずしもないのだが、少なくとも、すすり音そのものについては、例外として許されてもなお、下品かつ粗野な意味合いを完全に失うわけではないだろうと思う。
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