A Stone Like A Milestone

 先日、ニコニコ生放送で選挙公示前の党首討論会なるものが開かれ、一説には累計140万人もの人々が視聴したらしいのだが、開始直後からサーバが重かったり、司会者が党首同士の自由討論部分をぶつ切りにしたり、ネットに具わる双方向性を軽視していたりで、やや微妙な印象も持った。しかし初期の試みとしてそれなりに意義深いという感じはした。(何年か前にストリーミング同時接続数の技術的な限界についてちょっとだけ読んだ記憶があるが、これほどの数の同時視聴をどのように実現しているのか不思議だ。擬似的な同時性なのかもしれないけど。)
 国内配信ポータルとしては、『ニコニコ』のみが国民的な水準において広く認知されつつあることに、漠然とした不安を覚える。親会社であるドワンゴの大株主はエイベックスらしいので、ライバルのソニー辺りが対抗ポータルを立ち上げればいいのにとも思うのだが。確かに、UstreamやJustin.tv、StickamにFC2、YouTubeLiveあるいはTwitcastingのようなものまで含めれば、ライヴストリーミングに関して、すでにそれなりに多様なオプションが揃っていると言いうるのかもしれないが、国家単位その他で利害がぶつかるような話題において、アメリカの私企業群が公正に差配する保証はない。
 今日築かれつつあるニコ生の国内的な独占情況に関して、不公正への危惧が湧く。
 ツイッター登場の頃がひとつの転換期だったと思うのだけど、『本物』たちがこぞってネットに参入してくると、それまでネットに逃げ込んでいた半端者たちは一瞬で表舞台から駆逐された。逆に、旧メディアが何らかの事情で飼っていた偽者をネット側があばきだすというケースもあったかもしれない。そういう既存メディアとネットメディアの相互作用は新しくよいものだったけれど、古い勢力への反動でありながらもその領野で突出して膨れ上がってくる者があるとすると、今度はその内部において退廃の花が咲き始めるかもしれない。
 ニコ生公式放送の番組表にざっと目を通すと、地上波TVの劣化版みたいな、あるいはほとんど同じような番組が増えてきたような気もする。ある種の退行?いろんな意味で、ニコ生には同じ分野における直接的な対抗勢力が必要であるように思われる。
 それ自体が虚構とまで言われることもあったネット世界も、もはや少なからずが実社会とがっちり結びついてしまった感があり、それは多分いいことなんだろうけど、なんだかちょっと寂しくもある。これからもどんどん根なしの情報は迫害(!?)されていくことだろう。本ブログもどうしたものか。ただ、充分に洗練された虚構はネットの芸術や芸能として生き残るかもしれないけれど。

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