ミワ

 私はたぶん涙もろい方ではないと思うのだが、美輪明宏がNHKで「ヨイトマケの唄」を実演していて泣いてしまったことがある。いつかの紅白歌合戦より随分前。「ヨイトマケの唄」は、敗戦後にひとりの母親が土方に混じって苦労して働く姿と、その息子である自分が勉強しエンジニアにまで成長する物語を歌っている。
 私が泣いたのは、字面で読み取れる、通りいっぺんの哀歌に揺さぶられたからではなかった。そうではなく、当時すでに老人だった美輪明宏が、奇妙に顔の左半分だけ女性の化粧をしたまま、仁王立ちのようにして「ヨイトマケの唄」を歌い切ったからに他ならなかった。
 普通に考えて、ヤクザな道にも進まず立派なエンジニアになった男性が、化粧をしている必要はまったくないに違いない。美輪が同性愛者であるから個人的な趣味としてそれがなされたのだろうか、あるいは母親の面影を一人二役で演出したのだろうか。もしかするとそうだったかもしれないが、私には別のことが思い浮かばれた。
 私が異形の美輪の向こうに見たのは、主人公の男性が持ち越したどうにもならない未成熟性の兆候に他ならなかった。良い母親が、あるいは豊かな母性が、ひとりの少年をつつがなく平凡なる「男」に押し上げるものかもしれない。母親に正しく愛された少年は思春期の入り口でいびつにたじろがない...。
 重労働が母親を時間的に少年から奪うだけでない。痛苦はどうしたって母を自己愛的にするだろう。破綻の寸前でかろうじて踏みとどまっても、エゴイズムの連鎖が家族に忍び寄る。
 「ヨイトマケの唄」の美談の背後には、ある黒い影が差し込んでいる。そう気付いてふと舞台の中央を見直すと、顔の半分だけ女の化粧をしたままの美輪が、げんこつを腰に当て、まるで開き直るように胸を張ってそれを歌っていた。


 あまり言われないことだが、第二次世界大戦中と直後には大量の(今で言う)PTSDが発生したと思う。PTSDのみならず、強度のストレスが加わった家庭は何らかの機能不全を起こす。それらの機能不全は、諸家庭成員にメンタルの変調をもたらす確率を中長期的に高めただろう。

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