2014年5月アーカイブ

 タイトルは一見元も子もない感じだがあんがいそうでもないというか、「(無理に)分かり合おうとしない」というのが本質的に相当有効なやりかたではないかと思い始めている。ユルク・ヴィリィのナルシシストの分析を読み返していたのがきっかけなのだが、相手の偏りがどれだけ深刻かということは一応あるけれど(とても軽いなら話し合ったほうがいいかもしれない)、ある一定以上の深度の場合には、ほとんどコミュニケーションが不能な局面が多々あると思われる。あるいは彼らはコミュニケーションの積み重ねによって治ったりしないとも今更だが思われる。
 であるなら、無理することはないのだ。徒労のようなことはやめて、より全面的に「対処」に向かったほうがよっぽどまともだ。

※ナルシシスト(二次的自己愛障害)にありがちな反応経路
自他の区別の曖昧→他者愛の不在→欲望とエゴ(だけ)で統制される世界観→その世界観によった賞賛欲求→風変わりで的はずれないろんな出来事...

 ある程度通底する一次的自己愛障害の場合はまた現れ方がちょっと違うようだが、社会通念上言われるナルシシストはヴィリィによるところの二次的自己愛障害の方に近いだろうか。上の経路の一番最初の自他の区別の曖昧が重要で、ある意味希望のないところでもあるのだが、これはちょっとやそっとじゃ改善しない。人格の基礎部分のようなものであり、三つ子の魂百まで的に変わらないと思った方がいい。

 押してダメなら引いてみな、と言ったのが誰だか知らないが、なぜ今までこんなことに気づかなかったのかと思うほどだけど、実際に気づかなかったというよりその印象が大幅に更新されたとでもするのが本当かもしれないが。しかし私自身にもなにか一定のヴァルネラビリティがあったのかもしれない。諦めることによってある種の光が見えてきた感がなくはない。

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 この一年位だかかなり聴いたエレンの歌3番だけどなんか卒業しかけてる感。慰めとはいえ架空の母性に甘えててもダメだなあみたいなことを、遅ればせながら思うようになってきた。このところ多少心境の変化がある感じで、いくらか成長したってことなのかなんなのか。

 コミュニケーションが成り立たないってことが即カタストロフィにつながるわけではないし、成り立たないままでもあんがい共生できる場合も少なくないのではないかみたいなことに意識が向かっている。ナルシシストは自尊感情にとって都合の悪い(or快感をもたらさない)事実にうまく向き合えないのが普通のようだけど、向き合えないままの彼らとでも共生できないことはない。共感の限界を知って距離をとり、構造を客観的に見出すことで「それなりに」は共生を保てる気がする。時に最良は離別することであるかもしれないけれど。

 とりあえず反対のことを言う、っていうのがネットでよくあるけど、ほとんど意味を成さない主張になっていることもあるかもしれない。元の主張の趣旨を理解できないまま機械的にアンチテーゼ化するから間抜けなことになる。

 アメリカ合衆国での共産主義は地下組織扱いみたいな感じがあったから、日本や欧州のようにそれなりに表立った共産思想の伝統があるところとは趣が違うというか、今更マルクスを「発見」しても許される特異性がアメリカ合衆国の場合に(だけ)はあるのかもしれない。

 瞬間風速かもしれないが、こないだLDLコレステロールが136mg/dlだった。私のBMIは20ちょうど前後なので、それでも高めということでむしろよりよくない。タンパク質系でかなり肉食にオリエントしてたのがたたってる気がする。近くのスーパーでフランクフルトの大袋が安くて、去年の後半辺りから頻繁に買ってたんだけど、きわめてあれがあやしいので意識してセーブする。美味しいんだけどなあ。

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 こないだメンタルヘルスに興味をもったきっかけを少しだけ書いたが、私は内心において対象近親者をNPDだと断定してはいない。仮に実際本当にそうなのであったとしても、少なくともその傾向をある程度顕著に持っている人だという理解で十分なのであり、それ以上踏み越える必要は別にないと思っている。私に必要なのはどのように対応すれば現実的で良好な効果が現れるかであり、その効果が一般的な意味合いにおいて健全で正しいものであるようならそれでいいのである。
 ある程度偏りを納得しているとしても、それは人のタイプとしてであり、正式な意味での病名としてではないとも言えるかもしれない。
 たとえば、人は多様な理由で顕著に「話をコロコロ変え」るが、それが気分の揺れ動きやすさによるものなのか、生きる戦略としての日和見によるものなのか(大衆迎合的な政治家とか)、実際にコロコロ変えなければならないように現実が変化しているだけなのか(ほかにもたくさん)、などでそれぞれまったく意味内容が変わってくる。BPDを念頭に「気分」のスイングを中心に据えても、たとえばADHDのような人も気分がコロコロ変わるかもしれない。BPDの場合はスプリッティングや自己評価の低さや自我脆弱を基本に置く不安定さであり、ADHDはその種の脆さや傾向をあんまり持っていないかもしれない(し多動の傾向が顕著だろう)。そういう幾つもの差異を一定以上の時間と労力をもって地道に把握していく知識と態度がなければ、「断定」はまともな意味を持ち得ない。
 (厳しい意味での)判断がそう簡単な事じゃないと言いたくもあるのだが、たとえばひとつだけの人格障害を標的にする場合でもきわめて広範な知識が必要であり、ほとんど限りがないような面があるということなのである。DSMの診断基準を読んでも「類似の他の疾病ではない」みたいな意味合いのことがさらっと書いてあったりする。何気ない一行だとしてもこれはきわめて莫大な知識および労力を要する排他処理を意味している。医者は自分の職業的責任において診断書を出しているのだろうからそれはそれでいいのだが、彼らですら誤診(1,2)するのなら、素人としては拙速な断念をもつ必要は特にないように思うのだ。より良い方向に進んでいるかどうかを主に気にかけていればいい。

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 今日さくらインターネットから下記メールが来ていて古いMovable Typeが危ないとの注意喚起が書かれていた。このブログはまさに古いMovable Typeに該当すると思うのだが、なんか外部からエントリーそのものが書き換えられるのだそうだ。
 で、最新のMTが入らないのは分かっているので、移行を念頭に国産のbasercmsていうのの最新ブログプラットフォームを入れてみたのだが、サーバにエラーが出てたので諦めた(ネット情報では入るはずだったのだが、バージョンが違ったのか、インストールの過程で失敗したのか)。
 しかたがないので、ググりながら頭をひねりMT4のエントリー書き込みをつかさどる(見る側は関係ないです)cgiファイルにベーシック認証をかけることにした。かなり簡易な認証なんだけど、それでもあるとないじゃ大違いらしく、該当cgiファイルにアクセスするのに一応パスワードが要求されることになる。暗号の設定に少し手間取ったものの、うまく投入できたみたいなのでよかった。
 しかしアクセスログを見ると、我が過疎ブログには今のとこそんなに怪しげなのはない感じというか、以前ロシア語のアダルト広告がコメント欄に連投されてコメント欄を認証制にしたんだけど、それ以降はきわめて平穏。まあ、あとは臨機応変に構えとこう。

追記(2014/05/24):
.htaccessで特定cgiファイルに対して自分のIP以外を弾くような設定を付加してしまった。ちょっと厳重すぎるというか、公衆LANとかネカフェから更新するのがやや面倒になってはしまうけど、そんな機会はたぶんあんまりない。これでIP制限に二重認証(ベーシック認証とMT本来の認証)てことで過疎ブログにしてはやや滑稽なほどの多重防御なわけだが、しばらくやってみるけど、飽きたらさすがに緩和していくかもしれない。サーバそのものをクラックされたらもちろんダメだがそれはサーバ会社側の範疇。


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【重要】Movable Type の利用に関する注意喚起
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                             2014年5月20日
お客様各位
                     さくらインターネット株式会社

平素よりさくらインターネットに格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうござい
ます。

この度、CMS「Movable Type」の古いバージョンにおいて、Webサイトの改ざん
が行われるケースが多数報告されているとして、コンピュータセキュリティ
関連の情報発信などを行うJPCERTコーディネーションセンターから注意喚起が
発表されています。

 ▼JPCERTコーディネーションセンター
  旧バージョンの Movable Type の利用に関する注意喚起
  https://www.jpcert.or.jp/at/2014/at140024.html

「Movable Type」ご利用のお客様におかれましては、下記ご参照の上、最新
バージョンへのアップデートをお願いいたします。

さくらインターネットでは、今後もよりよいサービスの提供が行えますよう、
精一杯努めて参ります。引き続き変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上
げます。

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 誤字直してたんだけどいやんなる我ながら。「対処」療法って書いてた。

 最近、眠気はすれど眠れず的なことで、やや不機嫌なんだけど、ブログを書く頻度が妙に増えている。

 前回のエントリーで列挙したBPDの特徴(の一部)とかそれとしてかなり周知なんだけど、メンタルヘルスに知識のない人は何言ってんだろうって感じだろうな。医者か当人あるいはその近親者以外は余程じゃないと興味もたないだろうし、まあ、それで一向にかまわないわけだけれど。無理に興味をもつ必要などないわけだし。
 私の場合は、クラスタBが境界例でひとくくりにされていた名残のころに入っていった感じがあり、私個人にとっての目的は本当はBPDではなくNPDの方だったんだけど(対象は近親者でこれもすでに書いた)、同根とすら言われる両者なので私にとって理解は比較的しやすいわけではあるが、ただ、そこまで知識が血肉化していないとも言えるので要注意。
 前回の4)はmanipulationと言って相手を支配しようとする内的操作なんだけど、これはBPDでもある人とない人がいるようです。日本人の本にはあんま書いてない項目なのであえて入れたくて入れた。5)は薬の副作用のこととかではなく、BPDに具わる虚無感や倦怠感が表出した時のこと。
 補足説明することが虚しいな、どういうわけだか。実は本で確認しながら列挙していったので内容自体は間違っていないんだけど、この「伝わりづらさ」はいったいなんなのだろうと思う。
 人がふだん無意識化していることを意識化させようとする面があるからかもしれないけど。

 なんか眼が覚めてきたな。

 CGIサイトは相変わらずでほとんど変化ない。バグを少し直したくらいかな。起床後やる5分位の通信設定以外は「だいたい」ほったらかし。楽ちん。しばらく機能付加はしないつもり。機能を増やすと派生的にいろんなことが起こるに違いなく、大変に決っているのだ。cgiスクリプトファイル自体は三部に分かれていて計78kb。そこそこである。

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BPDがパートナーを怒らせてしまう原因は、
1)言うこと(気分)がコロコロ変わる
2)構ってもらうために(常識ではありえないような)極端な行動に出る
3)口喧嘩で、普通は避けるようなことまで言ってしまう
4)相手を自分の駒のように捉えている時がある
5)何かすべきことがあるのにぐったりしている
6)その他
、みたいな感じであろうか??
 むろんこれらは、一時的には誰にでもあるようなことかもしれないが、傾向として普通より顕著かつ継続的だから相手が感情的になるのは言うまでもない。もちろんその上でBPDでも個人差があるだろう。
 こういう時、パートナーの側が、一瞬の感情を抑えて「保護者のような気持ち」になれるかどうかが勝負なのではないかと思う。対等の大人だと思うと腹も立つだろうし、それであんまりストレスが昂じると様々な意味で不測の事態ということにもなりかねない。
 以前も書いた気がするが、対等な個人の関係として「保護者役」をやり続けるのは矛盾であり、かなりの意志力を必要とすると思われる。はっきり言って健常ならまったく必要のない努力が多年にわたって要求され続けるのだから、最初はよくてもだんだんきつくなるのは目に見えている。
 パートナー側は怒りが昂じた時、近寄るのではなく、心理的にやや距離を取り、親のような気持ちになるべきだ。味気ないかもしれないが、それである程度「暴発」を避けられるかもしれない。通常の男女間ではそんなには必要のないはずのこの種の努力の見返りは、平穏の一時的回復以外特別なものはなく、やっているうちにBPDが上に列記した行動様式を意志によって改められるわけではない。と言うか、主観的にはもともとBPD側に悪気はない(たぶん)。
 賢いBPD同士のカップルとかなら、共通の次元で理解し合って「保護者役」を互いにやってあげる、いたわり合いのような関係もありうるのかもしれないが、しかし、それはそれで別の危険が台頭するような気はする。
 あと、怒りの(病的な)原因として、パートナー側が何らかの問題を抱えている場合も当然あるだろうけど、まぁ怒るってだけでは多様すぎて雲をつかむようなあれだ。

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 なんか近場の小規模店舗群の様子が思わしくない。
 今年に入って角地にあったドラッグストアの支店が潰れたのが皮切りだった気もするが、歯科医院が診察日を減らしたのはもうしばらく前か。
 小さい方のヘアサロンがこのところシャッターを閉めている。臨時休業の張り紙があるわけでもない。開店から二年くらい経っていると思う。めったにお客のいない飾り気のない店。
 しばらく行かなくなっていた100円ショップに菓子類購入のためにふたたび行くようになっているのだが、店主と言うかフランチャイズ契約者と思しき老人がレジをしていることが多くなった。京都は学生の街でもあるのでアルバイトの応募に困るとは考えにくい。フランチャイズ契約者自身がレジに立ち始めるというのはたぶんかなり状況がよくないのではないかと思う。


 奥さんが止めているだかで日本非公開の三島由紀夫の映画「Mishima」は、やや精神分析的なアウトラインを持っている。三島のごく幼少期に、彼の祖母が若い息子夫婦からその男児を取り上げて自分の部屋に囲い込み、時に母を恋慕して三島がむずかると「あそこが痛いここが痛い」と幼い憐憫を誘って気をくじくような演技を繰り返した。前半に一定の時間を割いてこういうシーンが比較的丁寧に描かれる。
 終生自然に笑うことができなかったと言われる三島由紀夫が、健康な母子関係がもたらすべき情緒的な発達の機会を上記のような特殊な環境下で逃してしまったと考えるのは、たぶんそれなりにオーソドックスな解釈かもしれないし、映画もそのようなことを言いたかった面があっただろう。
 三島の祖母の異常行動がなんだったのかというのはひとつのテーマだと思う。三島は彼女のどういう欲望の犠牲者だったのか?男児を去勢しようとする女性の残酷な欲望は、たとえば「男性」に対するある種の復讐心から来ているだろうか?仮にそのような復讐心が餌食となる弱者を探すものだとしても、なにか倫理的なハードルのようなものがあってしかるべきで、三島の祖母がそのハードルみたいなものをやすやすと乗り越え得たのはなぜなのか?

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 なんかMath::Roundがユーザーディレクトリにあっさりインストールできてしまった。動作も確認済み。インストールと言っても大げさなことじゃなく、Mathフォルダを作って中にRound.pmを入れただけ。それで、スクリプト側には

use lib "/カレントディレクトリまでの絶対パス/";
use Math::Round;
と記述する。パーミッションは適宜。
 まだPerlを学習し始めの頃に、このサーバのユーザーディレクトリでモジュールを動作させられないかと試行錯誤したことはあったけど、その時はできなかった記憶。サーバ側の設定が変わったのか、私のスキル(というほどのものじゃないけれど)があがったのか??
 ただ四捨五入問題についてはすでに自分で対症療法コードを書いてしまったので、特に問題なければこのまま行くつもり。たぶん、いちいちモジュールを呼び出すよりは速いと思うので。
 なんか、めちゃめちゃ拍子抜けかもしれない。

 昨日からCPANの検索機能がダウンしてるみたいなんだけど、もし同様に他のモジュール群も動作するようなら試してみたいものがなくもない。

 プログラミング(のまねごと)をやってると脳が糖分を欲するのか無性に甘いものが欲しくなるんだけど、昨今慣れてきたのかCGIスクリプトを書いていてもそこまで甘食じゃなくても耐えられるようになってきた。

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 「perlで小数を四捨五入」問題を深追いしてたらやめられないとまらない。

・小数の四捨五入の仕方
http://easycgi.xrea.jp/perltips/round.htm
 上記ページに載せられているスクリプトをコピペで動作検証すると、2.345を小数点第三位で四捨五入した場合2.34になります。つまり普通に間違ってます(perl5.8.9で確認)。intを実行した時点(手順2)で$nが内部的に無限小数になるようですが、手順2の次の行で$nをprintすると「見かけ上」補正されるのが罠。手順3の$qは無限小数化してしまっている。
 ちなみに、小数点以下を四捨五入するときによく使われるっぽい0.5足してintするという方法も、この事例に合わせてコード化した場合、int((2.345 * 100) + 0.5))/100とかすると、答えが2.34になります。むろん同じように間違ってます。
 sprintfがダメだからintでいいというわけではありません。

・perlで四捨五入>sprintf() による四捨五入は避けるべきでは
http://d.hatena.ne.jp/end0tknr/20080928/1222581535

・四捨五入でも int の使用は避けるべきでは。。。?
http://harapeko.asablo.jp/blog/2006/11/27/972082

 なんか調べていたらとちょっと怖くなる感じもあった。プロのプログラマっぽい人でも普通にsprintfや0.5足してintする方法を紹介している。事情をわかってて入門者用にわざと大雑把にやってるのかもしれないけど、なんかの計算で小数が混じってたらperlは当たり前のように四捨五入を間違うんだけど、ほんとにsprintfやintを紹介していいんだろうか。小数の四捨五入それ自体は小学4年生位で習うみたいで、大抵の人はできると思うが。
 perlが2進数変換にともなって四捨五入を間違う問題は、いずれにせよ、すでにある便利なモジュールを使うのが正しいってわけだけど、実は、このサーバではその便利なMath::Roundとやらは入ってないのであります。いやぁ、それで苦肉の策として、数値を文字列(リテラル)として扱うコードを書いて、モジュールもsprintfもintも使わずに小数を四捨五入してます。たぶんかなり筋の悪い方法ですが、他にあんまり思いつきませんでした。
 以下サブルーチンの形でサンプルを出してみました。よく言えば力技、悪く言えば泥縄式。うー!


※小数部分をperlで四捨五入するための泥縄式サンプル

sub DECIMAL_ROUND {
my $num=$_[0]; #処理対象の数
my $round_digit=3; #小数点以下第何位で四捨五入するか(1以上だがあまりに大きすぎるとエラー)
my $plus_minus = 0;

#マイナスの数値の場合の前処理
if ($num < 0) {
$num = abs $num;
$plus_minus = 1;
}

$num = $num * (10 ** $round_digit);#四捨五入する桁以上をすべて整数にする

if ($num =~ /^(\d+)\.\d+$/) {#まだ小数部分がある場合に文字列として切り捨て
$num = $1;
}

if ((length $num) == 1) {#四捨五入する桁しかない場合
if ($num >= 5) {
$num = 1;
}
else {
$num = 0;
}
}
else {#それ以外の場合
my $round_num = chop $num;

if ($round_num >= 5) {
$num++;
}
}

$round_digit--;#四捨五入後の小数点以下の桁数に変換(変数を節約してるだけ)
$num = $num / (10 ** $round_digit);#小数点の位置を元に戻す

#マイナスの数値の場合の後処理
if ($plus_minus == 1) {
$num *= -1;
}

return $num;
}

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CIMG1723.jpg 今日琵琶湖に遊びに行ったのだけど、もう帰ってきた。滞在時間約3時間弱。あまり寝ずに行ったら当地ですこぶる体調悪化。逃げるように帰ってきた。
 不甲斐なし。
 快晴の琵琶湖自体は綺麗でした。

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CIMG1712.jpg 5月4日早朝のツツジ。
 早朝は巷に老人が多く、老人といっても千差万別なのだろうが、なかなかありえない人もいる。日本は儒教国だからことさらに年長者を敬うというのはある種の常識なのだろうが、私は多少の疑いを持っていなくもない。むろん認知症かなにかなら別の話なのだが、まだ意思決定の余地を保っているのにありえない行動をとっている老人はいなくもない。年齢が人品や人格にまつわる何かを根本的に改善するということはないように思う。加齢によって行動のエネルギーが全体に落ちるので、「丸くなった」とか都合よく思い過ごすだけで、本質はなにも乗り越えていない。もろもろ具体的なことは不快になるので書かないが。


CIMG1715.jpg 同日昼頃に遭遇したいつかのデジャヴ、ではなく、教会の看板をよく見ると今度はイースターなのであった。わりと期間が過ぎているような気もするのだが、河原町教会はお祭り好きなのかもしれない。クリスマスは冬至でイースターは春分のお祭りという理解もあるのだろうか。
 あんまり関係ないが、ラザロは復活した後どうなったんだろうか?そのことはたぶん聖書に描かれていないような気がするわけだが、あの後どうなったのかが気になる。単に話がぶつ切りだからというだけでなく、一時的な蘇生でしかないのだとつまらない。あのあと元気に暮らしましたとかだったらいいのに。

 やや鬱々としかけたGW雨のこどもの日に、エレンの歌3番をヘビー・ローテーションして断然気分を取り直している私であるが(単純だなあ)、昨今のお菓子主食化問題を反省しながら風邪の名残の頭痛を気にしている。メロンパン半分食べたしもう空きっ腹じゃないのでパブロンのむか。

 CGIサイト、不測の事態あって性懲りもなく改良に精を出さざるを得なかった。堅牢というにはまだ程遠いかもしれないが、ここまでそれなりに労力を注いだし、そこそこではないか。
 perl(のみではないと思うのだが)で小数の四捨五入が実は案外難しい問題だということを再認識。コンピュータが小数の四捨五入を間違う原理は、10進法で表された数値(小数を含む)が2進法に直した場合に無限小数になってしまう場合があることから来るらしい。例えば10進法の1.15は、小数点第二位で四捨五入した場合1.2になるはずだが、コンピュータ内部で一旦2進法に直す際に循環小数になってしまうので、10進法の1.15に極めて近い数であるにもかかわらず永遠にそれに到達せず、四捨五入の結果は1.1になってしまう。根の深い問題ぽいが、対処してくれるモジュールはとっくの昔に開発されているようではある。どうやって処理してるのか分からないがそれが2進数として無限小数であるということ自体の判断を介在させて対処しているのではないかと推測。
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