元々最高時速80キロしか出ないはずのおんぼろ自動車の運転手が、なぜかアクセルと同時にブレーキを踏みながら「この車は本当は時速200キロは出るんだけど今はブレーキを踏んでいるからこんなにのろいんだ」と奇妙な見栄(?)を張っている。これはアルコール嗜癖者のパーソナリティのあり様に、割とダイレクトに置き換えられると思う。つまり上の話のブレーキが、そのままアル中者にとっての飲酒なのだ。
故意にブレーキを踏み続ける限りにおいて、みすぼらしい(とあくまで本人が思う)正体を隠しおおせていると(あくまで本人が)信じることができる。ある意味、頭隠して尻隠さずみたいな話で、理想化された内容を他者が信じることは実際あまりないとしても、否定されえない曖昧な部分に依拠して当人が幻想を保つことができればそれでいいのだ。アル中者の「本当の自分はこんなものじゃない」「今は手を抜いているだけなんだ」式のほのめかしや雰囲気作りひいては生活態度は、かなり共通するもののように思う。彼らは決して理想化された「本当の自己」を実践的に証明しようと試みたりはしない。認めたくなくても現実が最高時速80キロなのは経験的に分かっているので、あえて自らにブレーキをかけて正体をくらませ(ているつもりになり)ながら、どこまでも空想をほのめかすだけなのである。
甘い幻想から醒めないために、幾らかでもブレーキを踏んでいなければ進むことはできない。
これはむしろ過度な嗜癖者の全般に亘って出現しうる特徴とも思われるが、アルコール嗜癖が分かりやすい。ただ嗜癖者でなくとも、局所的・一時的になら誰でも経験する弱さ、人間の滑稽さであるかもしれないが・・・。
自己に対する'Devaluation'。
ブレーキも踏まずにはいられない
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