2011/3/4

 この数日寒の戻りらしく、僅かだが雪がちらついていた。

 ふと思い出したので。
 一ヶ月ほど前に皇居のお堀に入浴剤を投げ入れて皇宮警察に保護されたニコ生放送者がいたのだが、自己紹介に統合失調症の診断を下されていると書いていてあったり、現物と思われる障害者手帳を視聴者に提示したりしている人物だった。私はやや以前からこの放送者の存在を認識しており、犯行数日前位にランキングサイトの上位に食い込んでいる等異変に気付いたため、放送予定に片っ端から予約を入れたりしていた。そのタイムシフトはもう見れなくなっているけれど動画はネット上に今もある程度残っている。
 色々思うことはあれど、大したことは言えないのだが、お堀に入浴剤を投げ入れる前日だかの放送で何気ないが印象的なシーンがあった。放送者におそらくは注察妄想・追跡妄想が募ってきた辺り(当初は「公安が自分をマークしている」発言もまだ冗談めかした感じだったのだが、密度と真剣みがじわじわ増して行った)で、視聴者側が面白がってその妄想に話をあわせ始めるということがあった。ある意味妄想者に対するよくあるからかい方であるとは思えた。しかるに本人は玄妙なる薄ら笑いを浮かべたかと思うと、視聴者のわざとらしい追従から身を引き離すように口をつぐんでしまった。沈黙はしばらく続いた。重度だと葦原将軍のように妄想を肯定されて単純に受容する(あるいは周囲に肯定されようが否定されようが関係ない)場合もあるだろう。しかしこの放送者の情況はそれとは違っていた感じ。自分だけが(妄想内容の)真実を知っているはずという自負が、表層的な賛同から身を引き離させたのだろうか。少なくとも、まだある程度は虚実・自他の境界あるいは現実感覚が残っている感じだった。
 あの沈黙を分岐点としてその後のエスカレーションが始まったと思わないでもない。からかいによって自己の信念が妄想にすぎないかもしれないと予感された時、逸脱への衝迫がそれまでの収まり場所を失ったのではとも思う。
 不確かだが、放送者は皇宮警察に保護された後、措置入院になったとの情報があるようだ。

 日常的に見られる防衛機制のようなものをめぐっても多少似たようなことはあり得るのだろうか。何でもいいが例えば、他者の言説の曖昧さをことさら自分に有利に曲解・断定してしまうなどは、ネットでも一般社会でもよく見られる。この段階を病的な妄想などとはまず言うべきでなく、よくある防衛機制として「合理化」「価値の引き下げ」「否認」等々自ら(or自らの自尊心)が傷つかないように行われているという程度に受け取るべきだと思うが、それらの認識の歪みに対して敢えてどこまでも話をあわせてやると対象はどうなるのだろう。もしその人が当たり前に最低限の健全さを持っているなら、どこかでは気付いて(つまりあの放送者とは違い)現実の方へと還ってゆく、ということになるのだろうか。

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