雪の匂い

 二条城の西側には中学校がふたつ高校がひとつ面していて、付近を朝夕に通ったりすると子供たちだらけなのだが、今夕遭遇した下校途中の学生服の群れの中から、「愛されない」と誰かが無機質な声を発するのが耳に入った。見ると、中学生にしても高校生にしても小柄なひとりの少年がそのように口走ったようだった。
 たとえば、セント・バレンタインデーの今日に、目当ての女の子からチョコレートをもらえなかったために憮然とそのように慨嘆したのか、あるいは、もらえなかった者の地位についてただ一般論として横の友達とでも話した言葉の切れ端にすぎなかったのか。しかし、聞きようによっては、たんに異性から愛されないのではなく誰からも愛されないと主張しているようにも取れ、私は何となく動揺して、群れを横切りながら、怪訝にその少年のメガネの向こうの表情を推し量った。むろんそこまで深刻な感じではないような気はしたのだが、腑に落ちるわけでもなかった。少年がふたたび「愛されない」と繰り返したが、私は彼らの群れを通りすぎてしまった。

 京都の中年以降の女性には、他人が邪魔でどいてほしい時や近寄ってほしくない時に空咳をする人がいる。いつか書いたバス停に居住するあのお婆さんもそうだった(彼女は今ではもう見かけなくなっている)。もちろん、どいて欲しい時に「すみません」とか「あの」とか普通に言葉で表現するちゃんとした人もたくさんいるのだが、いい大人の女性が咳で人を散らそうとするケースが京都では時々ある。
 本当に京都だけに顕著な習慣なのかどうかむろん断定はできないのだけれど、たぶん15くらいの都道府県には(単に通り過ぎただけではなく)行ったことがあると思うが、私は少なくともこのような習慣を京都以外で目撃したことはない。よく京都人はいけずとかお高くとまっている(?)などと言われたりするが、多くの場合ただ野蛮に映るだけかもしれない。
 自分の進行方向を塞ぐ人に向かってわざとらしく空咳をしながらにじり寄っていく「京おばさん」がいたらわりと要注意である。

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