2017年1月アーカイブ

 コフートを読んでいて核心部分で出てきたので、ちょっとだけ単語の辞書的な意味を訳。
 コフートが'aim-inhibition'を使っていたのは、思春期の攻撃性を持ち始めた子供に対して、反撃(or攻撃)を自己抑制する扶養者の健全な反応を叙述する際で、下記項目の文脈とは多少トーンが異なるかもしれない。
 いわゆる毒親などは'aim-inhibition'が弱いと思われる。連れ子を攻撃してしまう義父とかね。

 改めてフロイトの現象摘出の嗅覚みたいなものに感銘を受ける。フロイトが与えた解釈は今となってはほとんど死んだかもしれないが、彼が解釈の対象とした現象は時代を超えて単位として残り続ける。 

 祖父の家の玄関にウィリアム・テルのタペストリーが張ってあったのを思い出したりした。
 あるいはペットの甘噛み的な行動も類推させる。

aim-inhibition

In psychoanalysis, the quality of an instinct (3) that fails to achieve its direct mode of satisfaction or instinctual aim but that obtains partial satisfaction from remote approximations of the behaviour or activity that would satisfy it. Sigmund Freud (1856-1939) introduced the concept in 1921 in his book Group Psychology and the Analysis of the Ego (Standard Edition, XVIII, pp. 69-143, at pp. 138-9) to explain the origin of sociable feelings of affection, the assumption being that if friendships and affection between relatives were not subject to aim-inhibition, then they would be overtly sexual. aim-inhibited adj.


目的抑止

 精神分析における。直接的な満足や本能の目的は達成できないが、それを満足させる振る舞いや行動に対する遠巻きの接近によって部分的な満足を得るところの、衝動特性。このコンセプトは、ジグムント・フロイト(1856-1939)が1921年にその著書『集団心理学と自我分析』(Standard Edition, XVIII, pp. 69-143, at pp. 138-9)の中で、愛着におけるうちとけた感覚の起源の説明のために導入した。もし友情や愛情関係が目的抑止に支配されていなければ、それらはあからさまに性的なものになるだろう。目的抑止的な(形容詞)。

(Translated from the article "aim-inhibition" on Oxford Reference)

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CIMG2456.jpg 今日映画『沈黙』の前売り券をBiVi二条4Fで買ってきた。最初フロアのどこで売っているのかわからず、中央に立っていた係員風の人に訊いたら(どの作品の前売り券なのか尋ね返されたあと)間近のショップで売ってるとの返答なのでそこで購入した。ショップ店員に公開期間の予定を尋ねたら、原則「未定」とのことだが、最低一週間で通常一ヶ月くらいはやるものだという鷹揚なお答えでした。
 黒いカードが前売り券に相当するムビチケカード券で、手前のはおまけの栞四枚組およびレシート。

・『沈黙』公式サイト(日本語)
http://chinmoku.jp/

・『沈黙』公式サイト(英語)
http://www.silencemovie.com/

 日本語公式サイト上部に堂々表示の「なぜ弱きわれらが苦しむのか―」という宣伝文句にずっこけるが、マーティン・スコセッシが相当原作を改変しているということなのか、あるいは、こういう映画の副題みたいなもののいい加減さは伝統的な現象みたいな意見もあるようであり、いずれにせよ今の段階であまりこだわるのはよすべきか。原作を知っている人は「??」にならざるをえないところであろうけど。英語のサイトにはこれに相当する文句の記述はないようである。
 せっかく前売りを買ったのだから、公開期間中に忘れないように観に行きたい。一昨年からの延期でやや萎えている面があるが。

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 ネット上の情報の信憑性をめぐって、自分として反省すべきことがたて続けにあった。
 その情報に触れた時には自分は留保的だったのに、少し時間が経って(留保的だったことは忘れてしまい)、単にその情報を記憶していることを理由に内的に正当化してしまうようなことがあった。つまり「事後的」に正しい情報だと思い込んでしまった。
 後悔先に立たずだけど、誰も何もかもすべてを最後まで検証した上で知識の土台にすることができない以上、一定の過誤は避けがたい面はある。しかし、「事後的」にも留保的であるべきだった。
 単に反省するだけでなく、身の守り方としても考えなおさねばならないところもあるような気がしている。

 最近バッテラブームだったのだが、そろそろ収束局面か。

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CIMG2429.jpg

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