フロイトやユングのような仮説によるアクロバットを拒絶し、地に足のついた生活言語や社会常識を梃子として病を乗り越えさせようとするところにアドラー(派)の特色があるのだろう。パーソナリティーも重視されるが、それは必ずしも昨今流行の人格障害に対応するものではなく、あくまで一般的な意味での内省と対話の充実によってもたらされる人物把握のことでしかない。
私製の用語をあれこれ弄して何か分析したつもりになっている他の心理学者に対して嫌悪や疑念を抱いていた人物だったのかもしれないが、しかしそれは微妙なところで、アドラー(派)の療法からある種の学術的「深み」を奪う原因にもなっているように感じた。もっと言えば人生指南やちょっとした性格矯正には向いても、精神病や重度の人格障害、また深刻な神経症の類に果たしてこのやり方で対処できるのかと疑問に思わざるを得なかった。実際、この本は上下合わせて600ページにもなるわけだが、本格的な精神病に関する叙述は殆どない。「証明された仮説は未だないのだ」とアドラー派が言うとき、そのように不十分な仮説であっても措定せざるを得ない困難な状況があることから眼を逸らしているように思えてならない。
「共同体感覚」などアドラー(派)にもキーになる概念はあるのだが、いかにも心細い。確かに、自己の属する社会の中で平凡に暮らしていけるようになるのが大抵の治療の凡その「目標」であるとしても、そんな鋳型にはめるような単純なやり方が高次の狂気や抑鬱にどこまで通用するものなのか。心の中に押し隠されてあったわだかまりを吐露し治療者から世俗的で現実的な助言を得ながら自前の言葉で内省を進める。確かに常識的で穏当で、ある意味原初的な人生相談のようなやり方だ。しかしそこには自ずと限界があるはずだと思えてならなかった。
浅瀬に泳ぐアドラー
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