自己評価や自尊感情の低い人は、できることなら少なくとも最低限の水準までは、肯定してくれる他者に依存するのではなくて自分で自分を肯定できるようになるのが正攻法だと思うけれど、なかなか簡単ではない場合もあるかもしれない。
たとえば彼らに対し、カーンバーグならあくまで他人としてサポートなのだが、コフートは違うようだ。
コフートは、人の依頼心の根本的なぬぐいがたさを強調する。確かに、普通人は一人では生きてゆけず、誰かと感情を分かち合いながら生きてゆかざるをえない生き物なのだろう。しかし、心のほとんど原初的と言っていい基礎部分を、大人になってから他者に依存して維持するというのは、かなり危険なことだと私は思う。それは本来親子関係を通して幼少期に完成していなければならなかったはずの部分なのであり、事後的な人間関係による補完は健全な形ではとても難しいものである気がする。幸福でなかった親子関係からできる限り距離を取り、いつか不当に否定されたありのままの自分を覚悟として自分で肯定してしまうのがひとつの方法になるのではないかと思う。そういう内的なやり直しがどこまで有効かつ適切に実現できるかはかなり個別の事情に左右されるかもしれないが、共依存のような病的な依存関係に陥らないためにも、できるだけ自助努力によって最低限の自尊感情の回復を目指すべきだ。
たとえば、(人種)、性別、容姿、能力、自分史、基礎的欲求、etc...を肯定してしまうといいと思う。
ありのまま
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自己評価や自尊感情の高すぎる人も、本来ありのままの自分を再発見・再評価すべきな... 続きを読む
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