私が今まで読んだ早期の育児法でもっとも強い印象(悪い意味で)が残っているのは、「死の腕」という書籍に書かれてあったきわめて単純かつ悪魔的なやりかただ。どちらかというと神経の細い私が、なんであんなおどろおどろしい伝記を買ったのかよくわからないけれど、そういう自分自身に嫌気がさすような感じで迷ったあと無理をして選んだように記憶している。
ヘンリー・リー・ルーカスの母親はヘンリーへの授乳のたびに必ず彼をつねったという。
一瞬意味が分からなかったかもしれないが、これは書き間違いではない。この世の中苦痛を伴わない喜びなどないと彼女が言いたかったかどうかは分からない。無償の愛、無条件の愛が不在であることの宣告?ヘンリーの母親は今で言うSM嬢のような人だったらしい。あるいは"No pain no gain."はSMにおける鉄則だろうか。いずれにせよ彼女はそれを乳児に適用したのだ。
もしメラニー・クラインが生きてこれを聞いたらどのように反応しただろう。卒倒しただろうか、いや、クラインはそんな弱い人ではないか。
母親を含めたおびただしい殺戮のあと逮捕され収監されたヘンリーは、さまざまなエキスパートが入れ替わり立ち替わりカウンセリングしようとしたにもかかわらず、それら誰にも心を開かなかった。学術的な精神分析記録などは、だからまったく残っていないはずだと思う。
彼はひとりの凡庸なキリスト教修道女にだけわずかに心を開いた。
No pain no gain.
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