英語版Wikipediaの"Splitting(psychology)"の項目の和訳です。今のところ日本語版Wikipediaには当該項目はありません。目次と参照は割愛。Splittingという単語は「分裂」等と訳される場合もあるようですが、いかにも多義的な日常語なので使用せず、そのままカタカナ表記しました。
スプリッティングスプリッティングは、純粋に極端に思考することとして説明されうる。例えば、善と悪、強力であることと無防備、等々。スプリッティングは発達段階の一つとして及び防衛機制の一つとして理解されている。
スプリッティングはピエール・ジャネによって初めて叙述された。彼はこの用語をその著書『心理自動現象』の中で新作した。ジグムント・フロイトもまたこの着想を説明しようと努力したが、後に娘のアンナ・フロイトによってより明確に定義づけられた。
1.発達段階としてのスプリッティング
1.1メラニー・クライン
彼女の対象関係論において、メラニークラインは子供は二つの原初的欲動を携えて生まれると述べた。つまり愛と憎しみである。すべての人類は人生を通じて両方の欲動を建設的な社会関係に統合すべく悪戦苦闘するが、幼児期の発達における一つの重要なステップはこれら二つの欲動に対する緩やかな脱二極化である。クラインによれば、このステップは妄想-分裂ポジションと呼ばれている。
〔訳註:妄想-分裂ポジションはむしろ分化を示す段階なので少しおかしい箇所かもしれません。ここの表現は以後の版で是正されてます。〕スプリッティングは子供が好むもの(善、満足を与える対象)と憎むもの(悪、フラストレーションの対象)の区分けを言い表している。クラインはこれらを「よい乳房と悪い乳房」と呼んでいる。それらの乳房は一人の母親に帰属しているのだから実際には統合されているのにもかかわらず、子供は、乳房を単に異なる別々のものとしてでなく、反対物として見る。子供が対象が同時に善と悪になり得ることを学ぶ時、彼または彼女は次の段階である抑鬱ポジションに進むことになる。
1.2オットー・カーンバーグ
オットー・カーンバーグの発達モデルにおいては、スプリッティングの克服は同様に発達上の重要な課題だ。子供は愛と憎しみの感情を統合することを学ばねばならない。カーンバーグはスプリッティングに関して子供の発達段階を三つの違った段階に区別した。
第一段階:子供が自己と対象を経験せず、異なった実体としての善悪も経験しない。
第二段階:善と悪は異なって見られている。なぜなら自己とそれ以外の間の境界線がすでに安定してあり、他者はその行為によってすべて善かすべて悪として見られる。これは、他者を悪として考えることが自己をも悪であると含意することを意味する。だから保護者は、自己もまた善と見なされるのだから、善と捉えた方がよい。
第三段階:スプリッティングは消滅し、自己と他者は善と悪の両方の性質を持つとして見なされうる。他者に対して憎悪に満ちた考えを持つことは、自己がすべて憎むべきものであることを意味しないし、他者がすべて憎むべきものであることをも意味しない。2.防衛機制としてのスプリッティング
もしこの発達上の課題を完遂できなかった場合、境界性の病理が発達しうる。境界性人格障害は自己と他者双方の善悪のイメージを統合できない。カーンバーグは、境界性人格障害に苦しむ人々は「悪しき表象」が「善き表象」を圧倒しているのだとも述べている。これは、人間関係の親和的側面である優しさと相容れない、邪悪さや暴力の性質の内において愛や性欲を経験させる。これらの人々は、自己と他者の境界が確固としないため、親しい関係の内に溶け込んだ激しい不安に苦しんでいる。自他間の優しさに満ちた瞬間は、他者の内に自己が消失することを意味する。これは激しい不安を誘発する。この不安に打ち克つため、他者は極悪人に仕立て上げられる。他者に不安の責任が負わされるので、そうなり得る。しかしながら、もし他者が悪人に見られているならば、自己もまた悪たらざるを得ない。自己を全面的な悪と見ることは耐え難いので、反対へ切り替えられる。自己が善なら他者もまた善だ。もし他者が全面的な善で自己も全面的な善なら、どこに自己が始まり終わるというのか?激しい不安が結果なのであり、この循環はそれ自体反復する。
自己愛性人格障害を診断される人々もまた主要な防衛機制としてスプリッティングを使う。彼らはこれを自己評価の保持のために使う。自己を純粋な善、他者を純粋な悪と見ることによってこれを行う。スプリッティングの使用は、価値引き下げや理想化や否定といった、他の防衛機制の使用を暗示する。
スプリッティングは、彼または彼女が欲求を満足させるかあるいは頓挫させるかによって、一人の人を時を異にして全面的な善とも全面的な悪とも見なしうるので、人間関係の不安定をもたらす。これ(および類似の自己の経験の揺らぎ)は混沌とした不安定な人間関係パターン、同一性拡散や気分変動につながる。結局、セラピストもまたスプリッティングの犠牲となり得るのであって、治療過程はこれらの揺らぎに非常に妨げられうる。治療結果への負の影響を踏み越えるために、セラピストによる不断の解釈が必要とされる
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