2017年10月アーカイブ

2017-10-24.jpg 去る24日、運営サイトの環境が変わって殆ど遊んでいる状態のCentOS7サーバをコンソールから何気なく"yum update"したのだが、カーネル更新のところでスタックし、再起動を試みたらコンソール画面が右のようになってしまった。この状態で何もキーを受け付けない(含Ctrl+CやEsc)。SSHから入ることもできない。もう一度再起動を試みて、長いPENDINGのあと、サーバ会社のダッシュボードの管理ボタンは蘇生したので、OS再インストールを選択してなんとか処理は正常に実行された(ログデータ等は生き残っていたので完全な初期化ではないのだが、インストールしていたアプリ類はまったく残らなかった)。
 こちらからサーバに置いていたものはすべてバックアップしてあったし、ちょうど利用の間で起こったので特に重い損害はなかったのだが、モジュール類の再インストールとか、アクセス解析ソフトの設定とかやはり相当に面倒だった。
 "yum update"はLinuxのOSやアプリケーションに付随する更新作業をひとまとめに行うもので、ローカルマシンでLinuxを扱っている人は定期的に入力するに違いないありふれたコマンドだと思うけど、VPSでやるととんでもないことになるかもしれない。こういうのはサーバ会社は注意喚起しておくべき。


【参考】
・CentOS7 yum update 後、VPSサーバーにアクセスができなくなった
http://www-wp.dream.jp/search.php/?p=23141

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 CPANから入らない場合向けです。
 ここからperl-XML-LibXML-2.0018-5.el7.x86_64.rpmを落としてyum localinstallします。これで何事もなくCPANからXML::FeedとXML::Atomがインストールできました。前提となっているXML::LibXMLが入らないことが原因だったと思います。

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 ツイッターで何かを主張しようとしている人は大概どっかで聞いたような話でつまらない。自分の頭で考えようとしている人はほとんどいない。結局素材が勝ってる人だけがおもしろい気がするが、それも思い過ごしなのかもしれない。

 物事をなんでも直視できる人というのはとても孤独な人に違いない。逆に言えば親和的な関係に属している事がその人の眼を曇らせる。心地よい繭だから。

 明日は雨。

 みんな自分を買いかぶりすぎなのだ。だからおかしなことになる。

 多分今の状況だとCPUとケースさえあればもう一台PCを組めてしまうが、さすがにそれはどうなのか。

 父親が広島カープのファンで広子と名づけられたNYTの田淵広子だが、現在はなぜか気象・環境記者を自称している。タカタの元社員はなぜ田淵にリークしたのか。

 ポーズとしての反抗は依存のしるし。

 そういえば今日遠赤外線靴下というのを買った。エネルギーを放射しているのだろうか、未だに意味が分からない。セールだったので何でもよかった。

 我々の銀河系にある星の数(2000億)>人の脳細胞の数(1000億+)。

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 あまり積極的じゃない諸事情でWindows10機のメモリを4GBから8GBに増設したのだが(12日)、当日はメモリ上に読み込まれるデータ量とか何にも変わらないなぁと思っていたら、徐々に変化が起きた感じで、今日あたりは以前の1.5倍程度のデータの読み込み量になっている。ただし起動直後はほとんど差異はないと思うのだが、しばらく使ってからのメモリ使用量の安定水準が1.5倍になったという感じ。とはいえ私は重たい処理はしないので全体的にはさらに余りまくり。
 この感じは、Windows10のメモリ管理はユーザーの使用状況に合わせて変化する説、が当たっているのかなと思ったりしている。
 予備用メモリの動作確認みたいな意味合いが半分くらいで、Windows10付属のメモリ診断プログラムでエラーなしを確認したし実際の使用中にもまったくエラーなど出ていない。増設による利便性の劇的な向上はもともと期待してなかったのであり、とりあえずこんなものかな、と思っている。


追記(2017/10/16):
 あまったメモリの有効活用方法で、RAMDISKを考えなくもないのだけど、WindowsシステムのTempフォルダなどを強制移動させた場合に不具合が出ることがある説があって二の足を踏んでいるのだが、どうもブラウザのFirefoxでキャッシュをメモリ上に置く設定というのがあるらしく、疑似RAMDISKみたいな感じで、やってみたらそこそこ速くなった。
 以下手順。

about:config

browser.cache.disk.enableをfalse

browser.cache.memory.enableをtrue
新規作成 > 整数値
browser.cache.memory.capacityを-1

 快適で久しぶりにFirefox使ってるけど、いつのまにかFirebugが本体に統合されていた。あとYoutubeのFHD60fps動画がちゃんと再生できるようになっている気がする。これはFirefoxに移住かも。


追記(2017/10/17):
 キャッシュをメモリ上に置いたFirefoxだが、音楽を流しながらネットをしていたら処理が干渉するのか一時停止になったりしたので、設定を戻したら再現されなかった。この機能まだ微妙かも。

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 かなり以前に思いついたことなのだが、国会議員を選ぶ全国選挙の投票率が2%とか3%とか極めて低値だった場合に、残りの圧倒的多数で新憲法や議会や政府を作って天皇陛下のところに相談に行った場合、『じゃあそうしましょうか』と陛下がおっしゃる可能性は低くないと思う。
 最近つまらない選挙戦が始まったせいか、ツイッターとかで、もっともらしく『でも投票に行くべき』などとここぞとばかりに言い募る芸人(文化人含む)たちがいて目障りだったので、書いてみた。

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 Windows10のFall Creators Updateが来週の10月17日にリリ-スされる予定で、Edgeやメールが改良されているようなのだが、どういうわけか公式にLinuxが動くようになるらしい。私はWindowsパソコンをLinuxとのデュアルブートにしているのでやや気になるわけだが、ちょっと微妙な感じだ。


・Windows 10 Fall Creators Update から導入予定
https://www.microsoft.com/ja-jp/windows/upcoming-features

・Windows build 16299 ・ ChangeWindows
https://changewindows.org/build/16299/pc

・What to expect from the Windows 10 Fall Creators Update
http://www.zdnet.com/article/what-to-expect-from-the-windows-10-fall-creators-update/


・Windows 10でLinuxが動くようになる理由
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/100300411/100300002/

・Windows版Linuxの導入でつまずかない方法
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/100300411/101000003/

ただしWSLは開発者向けという位置付けなので、標準ではGUIのアプリケーションは利用できない。また、常時起動のサーバーとして利用するのは米マイクロソフトの想定外で、起動したコンソールを閉じるとWSLのLinux互換環境も終了する。

・「Windows Subsystem for Linux」、秋リリースの「Fall Creators Update」で正式版に
https://japan.zdnet.com/article/35105081/
WSLで想定されている主な用途は次のようなものだ。

・開発作業および基本的な管理作業におけるLinuxのコマンドラインツールの実行
・Windowsファイルシステム上に存在するファイルに対するLinux環境からのアクセスや共有
・Linux環境からのWindowsプロセスの起動(例:~$ cd /mnt/c/temp/ && echo "Hello" > hello.txt && notepad.exe hello.txt)
・Windows環境のコマンドラインからのLinuxプロセスの起動(例:C:\> bash -c "fortune | cowsay")


・MS、「Windows Subsystem for Linux」のアーキテクチャ詳細を明らかに
https://japan.zdnet.com/article/35081707/

・「Ubuntu」がWindowsストアに登場
https://japan.zdnet.com/article/35104063/

・Ubuntu
https://www.microsoft.com/en-us/store/p/ubuntu/9nblggh4msv6

・openSUSE Leap 42
https://www.microsoft.com/en-us/store/p/opensuse-leap-42/9njvjts82tjx


追記(2017/10/18):
 Fall Creators Update終了したが、早朝すぐに始めてから2・3時間かかったと思う。特に再起動に時間がかかる(その間何もできない)のがひどかった。アップデート終了後も更新を打診すると残っているものがあってそれも再実行。
 更新作業は終わったはずだがユーザー側のアプリを何も立ち上げない状態でもCPU使用率が異様に高く、タスクマネージャを見ると、サービスホスト ローカルサービス(ネットワークなし)とICS(Internet Connection Sharing)がその元凶となっていたが、これが何なのかよくわからなかった。Defenderがらみのような気もするが、ウィルスチェックをしたり再起動などしているうちにそれらのCPU占有は消失した(なぜ回復したのかよくわからない)。

 上記の原因が何となく見当がついたので追記。ICSサービスが開始できなかったことが表面的な原因で、なぜそれが開始できないかについては、おそらくだけど、更新されたDefenderのための有効な定義ファイルがまだない状態でICSサービスを始めようとしたために処理が中断されたからではないかと思う。双方はファイヤーウォール方面で直接的な関係にあるみたい。
 だから、別途Defenderの定義ファイルを更新すればOK(だと思います)。
 なぜ気付いたのかというと、この際ディスクのクリーンアップで古い更新ファイルを削除しておこうと思って、Defenderの定義ファイルもチェックして実行したら、直後にまったく同じ現象が再現されたため。そして、しばらくして気付いて定義ファイルを入れなおしたら何事もなくICSサービスが開始された、というわけです。

・エクスプローラートップに現れる3Dオブジェクトの消し方
HKEY_LOCAL_MACHINE\SOFTWARE\Microsoft\Windows\CurrentVersion\Explorer\FolderDescriptions\{31C0DD25-9439-4F12-BF41-7FF4EDA38722}
を右クリック→新規→キー→PropertyBag→右クリック→新規→文字列→ThisPCPolicy→修正→Hide→タスクマネージャーからエクスプローラーを再起動

 Edgeはちらっと使ってみただけだが、そんなによくなっていない。お気に入りの編集ができるようになりお気に入りバーの下階層が表示されるようにはなったみたいだが。
 お気に入りバーからのプルダウンメニューの横幅が固定であるため、長いサイトタイトルだと突き抜け階層が深いとそれ自体隠れてしまう。その都度横スクロールバーが出現するので手動で表示させられはする。

 それにしても心臓に悪い。マイクロソフトは今後も年二回この種の大型アップデートを予定しているらしいが、そのたび右往左往させられるのだとすると不効率極まりない。

・Linuxの有効化
コントロールパネル>プログラム>「Windows の機能の有効化または無効化」>Windows Subsystem for Linux

 Windows10アプリのUBUNTUのルートディレクトリは以下でした。
C:\Users\[Username]\AppData\Local\Packages\CanonicalGroupLimited.UbuntuonWindows_79rhkp1fndgsc\LocalState\rootfs
 aptitude、apache2、php7がインストールできました。perlはデフォルトで入っているみたい。しかし微妙。


追記2(2017/10/19):
 今後も年二回の頻度で続くとされるメジャーアップデートとどう戦ってゆくかについては、もう「待ち」戦術でもいい気がする。主に運営サイトに対するEdgeの表示処理変更とかが気になるためアップデートを早めに入れていたのだが、マイクロソフト側のEdge等に対するやる気の無さはこれでよく伝わった。現在代表的な代替ブラウザはいくつもありどうしてもEdgeでなければならないという人はそんなに多くないだろうし(ただアクセスログを見る限りではEdgeは意外と多いのだが...)、彼らのやる気の無さからJavascriptやCSS等の基本的な処理方法が変更される可能性も高くはないと憶測する。
 具体的には、メジャーアップデート発表からしばらく経ってから、就寝前にでも更新を開始させてあとは放おっておけば朝には出来上がっている、という感じでいいと思う。大抵の人は今もそういう感じであろう。
 労力と時間の関係で、今回ちょっと懲りている。


追記3(2017/10/25):
・サウンドの設定で有効にしていたステレオミキサーが無効にされていたので再設定。
エクスプローラでファイルやフォルダの縮小画像が表示の都度再作成されてしまう不具合は、フォルダオプションから「常にアイコンを表示~」を(再起動を挟んで?)オン・オフしてみる。履歴消去も。


追記4(2017/10/29):
 エクスプローラにおける縮小画像の執拗な再作成の反復はまだ直っていない。ディスクのクリーンアップから既存の縮小画像を削除できるが、なにか破損ファイルが生じて例外的な反応が出ているのではないかと思い、すでに二回クリーンアップを試したけれど、まったく効果ないみたいだ。
 縮小画像生成がエクスプローラの表示領域内でしか作動していないことにも気がついた。はみ出た領域はスクロールしないとそれらのファイルのサムネイルは生成しない。


追記5(2017/11/16):
 15日にマイクロソフトによるルーチンのアップデートがあったが、残念ながら縮小画像の頻繁な再作成問題は改善していないようだ。


追記6(2018/01/14):
 エクスプローラーのサムネイルが短くしかキャッシュされない問題は、タスクスケジューラーの\Microsoft\Windows\DiskCleanupでSilentCleanupを無効にすると直ります。

・Prevent Thumbnail Cache Auto Deletion Problem in Windows
http://www.winhelponline.com/blog/thumbnail-cache-automatically-deleted-windows-maintenance/

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 悲しんだり落ち込んだりしている人に気を大きく持とうと言うのは罪のない励ましだけど、巨視的だったり微視的だったりすればするほど、認識は私たちの所与の感覚から離れてゆく。『宇宙の広さに比べればあなたの悩みなど無に等しい』と口走るとき、宇宙の広さは自明の認識のようだが、本当は実際の宇宙の広さなど誰にもイメージできない。逆にどんなものも極小の元素に還元されるにすぎないと主張するのもそれとそんなに変わらない。いずれにせよ極めて間接的かつ抽象的な認識があるだけだ。
 時々認識の縮尺を大きくしたり小さくしたりするのは、人の心にいい効果をもたらす面があるに違いない。登山なんかもそういうリフレッシュ効果を持っている気がする。下界を見下ろして些事に悩んでいる自分を相対化するわけである。
 しかし、人が何を妥当だと思うかは、普通はどうしても日常的な感覚から離れられないと思う。それを超越したような地点において、一時的でない認識の変革を促すことは、日常感覚を捨てさせようとすることとほぼ同義ではないかと思う。何かの修行で、抽象的なものをより確実視するように意識を逆転させるとかそんな話になりがちだ。
 そのような認識の無理なモード変更のようなこととは違い、欠けていた現実的な真実への認識が補われることで世界が変わって見えるということのほうが、現代的な覚醒かもしれない。ネットでは、かつて共同体が見たくないと思っていたりメディアが伝えたくないと思っていた情報も流され残ってゆく。人々は結局様々な真実に向き合わざるを得ない。
 最近'RED PILL'というフレーズを知ったが、覚醒はむしろ日常化していると思う。

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 ミシェル・フーコーは『言葉と物』において(部分的にせよ)要素主義のようなロジックをもちいて既存の枠組みを打ち破ろうとしている。わざと「木を見て森を見ない」ようにする戦略で、ほとんど無限に分割されうる意味や概念の莫大な多様性の中であれもこれもすべては比較不能ではないかというわけである。そのような態度は分類学について述べているときにも垣間見られたが、終章の最後に提示される「人間は波打ち際の砂の表情のように消滅する」というモチーフが露骨に示していると思う。
 同性愛者として被差別的な時間を生きたとされるフーコーが、生物学上の突然変異や消えて行った種に注意を振り向けて巨大な連続性の存在を主張するとき、読む側としては危うさにドキドキしなくもない。すべてがそんなにも不備なく連続しているといったい誰が断言できるだろう。例えばラバが不妊の動物であることは種の境界の厳しさを示しているかもしれない。中間項が自在にあるとは到底思えない。
 この要素主義的ロジックは現在のLGBTを擁護する多様性の議論にも通底している。欧米の人文系の学部学科でフーコーを教えないところはまれに違いない。
 しかし、詭弁じみていると思わないではいられない。微細な点描(動)画を指差して「これは点の集まりです」とだけ言い張るのは、明らかに不当である。あるいは激しい化学反応を催す物質の組み合わせと無反応の組み合わせを同次元のバリエーションとしてのみ扱うのは、何か肝心のものを無視している。
 脱構築と言ってもパラダイムシフトと言ってもいいが、何らかの発見によって通念を支えていた土台が崩れ全体像が見直されることはあるだろう。同性愛者への理解が科学的に進むことはありうることだし、それによって社会的通念が見直されることもありうることだ。しかしその行く末は誰にも先取りできない。
 人は見たこともない究極の要素を想定してその側に立脚することは出来ない。
 進化と多様性の網状連続体から巨大な生命潮流の存在を感じるのは自由だとしても、それが思い過ごしでないとはいえない。
 同性愛が合理化されるのとは逆に、もし仮に、同性愛を「治療」することが(安価かつ無痛で)出来るようになった場合、彼らはその治療を受けないだろうか?

 私は多様性を否定したいわけではない。多様性を用いた詭弁を否定したいだけだ。まるで多様性を構成する差異が相互に無害であるかのような。

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