今月18日に行われたローマ法王の飛行機内インタビューの口述筆記は、少なくとも、雑誌『アメリカ』によるものとカソリック・ニュース・エージェンシーによるものがあるようで、読んでみるとかなり内容あるいはニュアンスが違う。
Also today, when those elderly women were in front of me at Mass, I thought that in that invasion there were young girls taken away to the barracks for to use them but they did not lose their dignity then. They were there today showing their faces, elderly, the last ones remaining. It's a people strong in its dignity.(America)
Also today, when there were these elderly ladies in front at Mass. Think that during that invasion they were girls taken away to the police stations to be taken advantage of. And they haven't lost their dignity. They were there today showing their faces. These elderly women, the last of them who remain. It's a people strong in their dignity. (Cathoric News Agency)
上ふたつの引用は慰安婦に関する回答として同一の箇所に該当すると思われる筆記なのだが、大小かなりの食い違いが見られるのが分かるかもしれない。慰安婦強制連行の鍵となる部分において'taken away'が双方に使われているが、これは意味の幅がある表現で、誘拐のような強制的な連行から対象者の知らないところに案内するみたいな意味まで含みうるように思う。最も明示的な齟齬としては、どう聴き取ったらそうなるのか不明だが、連れて行かれた場所がAmericaでは『兵舎』とされ、CNAでは『警察署』となっていてる。
また、ここにおいて重要かもしれないのは、行為の主体が必ずしも明言されてないことだ。いったい誰が彼女たちを'take away'したのかは、この箇所の前後にも述べられていない。(主に朝鮮人が構成していた)慰安婦ブローカーなのか、それとも日本軍なのか。
慰安婦に関する質問は、最初に日本人の記者Yoshinori Fukushimaによってなされ、後にYoung Hae Ko(Korean daily newspaper)によって同趣旨のものが繰り返されている。後のYoung Hae Koの質問に対する法王の答えの中に、上記二種のソーステキストのどちらとも'enslave'という単語がはっきり使われている。
These women were exploited, the*1 were enslaved, all this is cruelty. (America)
These women were taken advantage of, enslaved, but they are all cruelties.(Cathoric News Agency)
確かに幾つかの不運の重なりにより、少なくとも女性側の主観において、奴隷的拘束があった可能性は低くないので、このような表現も不当なものではない気はする。しかし奴隷的拘束を直接にもたらしたのが、彼女たちを売った親および悪辣な慰安所経営者なのか、あるいは日本軍なのか、はやはり同様に明言されていない。
今回のローマ法王のインタビューは、慰安婦問題に関して(も)、相当細心の注意が払われているように感じた。政治的な対立を生んでいる箇所において、元慰安婦たちの苦しみについてはいたわりながらも、それの加害者の特定については一貫してぎりぎりのところで避けていると思われる。
別の、多忙を心配するような記者の質問に対する答えの中で法王が紹介された本のタイトルが、私に印象を残した。検索してみたのだが、そのまま該当する書籍は残念ながら発見できなかった。しかし内容が推し量られ、微笑ましかった。
Once I read a book and it's interesting. The title was "Be happy to be neurotic." I've also got some neuroses. But you have to treat neuroses well, eh. Give them "mate" (an Argentine tea) every day, no? (laughs) One of my neuroses is that I'm too attached to life.(Cathoric News Agency)
「私は以前一冊の本を読んだことがあります。それはとても面白いもので、タイトルは『神経症患者であることを喜びなさい』でした。私もいくつかの神経症をもっています。しかし人は神経症を丁重に扱うべきなのです。毎日それらにいくらかの"マテ茶"(アルゼンチン・ティー)を与えなさい。違いますか?(笑)私の神経症のひとつは、人生に愛着しすぎることです。」
追記(2014/08/21)
当初"mate"をつれあいの意味とマテ茶の意味で重ねて洒落を言っているのかと思ったのですが、決め付けず、普通に訳し直しました。神経症はフロイト的には性的抑圧が主因といわれ、性的パートナーのないカトリック司祭として、「つれあい」がいないことを原因としてほのめかしているのかもと思ったのですが、我ながら独断に走りすぎたかも。
追記2(2014/08/22)
*1 原文ママ。たぶん'they'の間違い。
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