英文拙訳のブログ記事

 英語版Wikipediaの"Depersonalization"項目の拙和訳です。離人症に関する日本語ソースはネット上にわりとあるのですが、Wikipediaの日本語版には独立したページが存在せず、気になったので英語版を訳してみました。
 離人症は最もポピュラーな心理的症状のひとつで、離人感とでも言うべきか、一過性でごく軽いものなら誰でも経験があるようなものなのですが、その割にあまり一般に知られていないかもしれません。
 離人症自体には解離性健忘は症状として含まれないはずですが、訳文中に微妙な記述があるので注意してください。ただ、併発するケースのことを指しているのかもしれません。


離人症

離人症は、異変をきたした自己認識のことである。自身を見つめる感覚により成り立っていて、状況に対するコントロールは行わない。対象者は彼らが変化し、世界が曖昧で、夢に似た、現実性が薄まった、あるいは意味を欠いたものになったと感じる。実際、多くが「夢」の中で生きていると感じるため、不穏な経験となる可能性がある。慢性的な離人症は離人症性障害に当てはまり、これはDSM-IVで解離性障害のひとつとして分類されている。ある程度の離人症と現実感喪失は、一時的な不安やストレスに支配された誰にでも起こりうるのだけれど、慢性的な離人症は激しいトラウマや長期の不安やストレスを経験している諸個人により深く結びついている。離人症-現実感喪失は、解離性同一性障害や特定不能の解離性障害(DD-NOS)を含む解離性障害の領域の中で、単一で最も重要な症状である。不安障害、臨床的抑鬱、双極性障害、境界性人格障害、強迫性障害、偏頭痛、睡眠遮断、のような他の幾つかの非解離性障害でも顕著な症状となる。例えば享楽ドラッグの使用等においても、思わしいと考えられ得る。

社会心理学および特定の自己カテゴリー化理論では、"depersonalization"という語は別の意味を持っており、「ある特徴的な社会的カテゴリーの一例としての自己に対するステレオタイプ化された認識」に相当する。

1 解説
2 広まり
3 薬理学的・環境的原因
4 治療
5 研究
6 関連項目
7 参照


解説

離人症を経験する人々は、当の人物またはアイデンティティーに帰属しないものとして、彼らの身体感覚、気分、感情、ふるまい、を察知してしまうので、自身の個人的な身体性から切り離されていると感じている。離人症を経験した人はしばしば物事が非現実的でぼんやりしていると主張する。また、自己に対する認識が壊れている(それゆえの名称)。離人症は非常に高いレベルの不安をもたらす可能性があり、それはさらにこれらの知覚を増大させる。離人症の人々は、彼らが見たり経験したりしたことを第三者のもののように、しばしばほとんど思い出すことができない。

離人症がその人の自己意識の中における非現実感の主観的体験であるのに対し、現実感喪失は外界の非現実感なのである。ほとんどの著述者は現在、離人症(自己)と現実感喪失(状況)を独立した構造体とみなしているが、多くが離人症から現実感喪失を切り離したがらない。

広まり

離人症は、不安感情と抑鬱感情に次ぐ、第三の最も一般的な心理的症状である。離人症はパニック障害のような不安障害の症状である。また、これは睡眠遮断(しばしば時差ぼけに苦しむとき起こる)、偏頭痛、てんかん(特に側頭葉てんかん)、強迫性障害、ストレス、および不安に付随して起こる。内受容暴露(interoceptive exposure)は離人症を惹き起こす非薬理学的方法である。

学部大学生に関する研究で、解離経験尺度(Dissociative Experiences Scale)の離人症・現実感喪失に対する下位尺度において高い値を示した個人は、よりはっきりしたコルチゾール反応を表した。

薬理学的・環境的原因

離人症はいくらかの人々により、特に気分を変容する享楽ドラッグの影響下でそれを経験した人々により、望むべき境地として述べられてきた。カフェイン、アルコール、大麻、そしてミノサイクリンのありうる副作用であるのと同じく、解離症状や幻覚剤の作用である。多くの薬物に対する古典的な禁断症状である。

ベンゾジアゼピン依存症(これはベンゾチアゼピンの長期使用により起こりうる)は、慢性的な離人症状と知覚障害を一部の人々(特に安定して毎日服用している人々)に惹き起こし、これはまたベンゾジアゼピン離脱症候群の長引く表徴にもなりうる。

デイヴ・グロスマン中佐は、彼の著書"On Killing"において、軍事訓練が、同情心を抑圧し他の人間を殺害しやすくするよう、兵士たちのうちに人工的に離人症を作り上げることを、示唆した。

治療

治療は、起源において器質的であるか心理的であるかによるところの、根本原因に依存する。もし、離人症が神経疾患の症状であるなら、その特定の病気の診断と治療が最初のアプローチとなる。離人症は、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー、多発性硬化症(MS)、神経ボレリア症(ライム病)、あるいはその他脳に罹患する神経学的疾病、のような病気の認知的症状でありうる。偏頭痛を伴う離人症に苦しむ人々には三環系抗鬱薬がしばしば処方される。

もし、離人症が発達上のトラウマのような心理的原因による症状であるなら、治療はその診断に依拠する。極端な発達上のトラウマが、単一に結合するアイデンティティーの形成を妨害するものである、解離性同一性障害や発達障害としてのDD-NOSのケースでは、治療は適切な精神療法を、また摂食障害のような付加的(合併症的)な障害のケースでは、そのような個人を扱う専門家のチームを、必要とする。境界性人格障害の症状である場合もあり、これは適切な精神療法と精神薬理により長期にわたって治療されることがある。

慢性的な離人症の治療については離人症性障害の中で考える。

ニューヨーク市のコロンビア大学で最近完成した研究では、離人症性障害の治療に対して経頭蓋磁気刺激(TMS)から有益な効果が見出された。現在、しかしながら、FDA(食品医薬品局)は離人症治療に対するTMSを承認していない。

最近のロシアの研究では、オピオイド・ドラッグの中毒効果を無効化するナロキソンが、離人症性障害をうまく治療する場合があることを示した。この研究によると、「14名の患者のうち3名において、離人症状がまったく消え、7名で目立った改善が見られた。ナロキソンの治療上の効果は、離人症の発症をめぐる内因性オピオイド系の役割に対する証拠を提供する。」としている。

研究

ロンドンにある精神医学研究所の離人症研究組織が離人症性障害研究の世界的リーダーである。ここの研究者たちは、この障害に対し、簡略化されたラベルとして頭文字のDPAFU(Depersonalisation and Feelings of Unreality)を使っている。

関連項目

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参照

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(Translated from the article "Depersonalization" on Wikipedia)

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 英語版Wikipediaの"Oscar Janiger"項目の拙和訳です。LSDは1943年の発見から1968年に禁止されるまで、アメリカで「合法」だった期間があり、以下のジェニガーの実験もこの頃に行われたものです。実験や「治療」は彼によるもの以外にも当時多く行われたようですが、規模の大きいもののひとつとして、また芸術的創造性にも焦点をおいた一風変わった実験として、興味を持ったので訳してみました。
 訳文中のカチナ人形というのは、ネイティヴ・アメリカンの精霊信仰の対象を模した木彫りの人形で、それのまだ色付けしてないままを被験者に渡して思い思いに色を塗らせたようです。
 参照、出典については元記事からたどってください。


オスカー・ジェニガー

オスカー・ジェニガー(1918年2月8日-2001年8月14日)は、1954年から1962年にわたるLSD研究によって最もよく知られた、カリフォルニア大学アーヴァイン校の精神科医だった。

900名の人々が、LSD(通常、体重1キログラムあたり2マイクログラム)を摂取して、その体験を記録に残した。参加者には、大学生、ひとりの連邦保安官補、主婦、弁護士、事務員、カウンセラー、医療関係者、歯科医、エンジニア、があった。

ジェニガーの研究に含まれた下位の調査では、特に芸術家と創造性に対して焦点が当てられた。ひとりのジェニガー博士の患者であった、双極性でアル中の芸術家フランク・マードックは、管理された実験用のLSD薬を、後期アルコール中毒を治療する目的(彼のLSD実験のよく知られた目的ではないかもしれないが、当時としてはかなり一般的だった)で数カ月にわたって与えられた。ジェニガーはマードックにLSD服用時と平常時の両方で静物を描かせたが、これにはカチナ人形(他の70名の患者も描画したと伝えられる)が含まれる。

芸術家たちは、LSDを摂取したあとで、250もの絵画やスケッチを創造した。歴史家のカール・ヘルテルは1971年にその作品を分析し、LSDによらない芸術家の作品との比較を行った。ヘルテルは、LSD芸術はそうでない作品と比べて優れても劣ってもいないのだが、比較的明るく、より抽象的で再現的でなく、キャンバスいっぱいに描かれる傾向があった、ことを発見した。

ふたつの追跡査が行われた。ひとつめは、1968年頃にジェニガーによって行われたもので、オリジナルの患者の200名からアンケートを採集した。このデータのほとんどは、未分析のままで、限定された量しか出版されていない。

ふたつめの追跡調査は、オリジナルの実験セッションの40年後である、1999年にリック・ダブリン、ジェローム・E・ベック、ケイト・チャップマン、そしてモウリーン・アリオウトによって実施された。録音インタビューがジェニガーのオリジナルの患者45名とジェニガー彼自身によって完結された。この研究は、体験は総体的に建設的なものではあったけれど、追跡被験者の1/3しかLSD体験の長期的効果を報告しなかった、と結論づけた。

ジェニガーは、2~3の学術論文と『A Different Kind of Healing (ある特異なる治癒)』と題された一冊の本を1993年にフィリップ・ゴールドバーグと共に発表した。この本は、伝統的医療内での代替医療の利用に関する精神科医としての見解を詳述している。ジェニガーはまた、彼のLSD研究に関する『LSD, Spirituality, and the Creative Process (LSD、スピリチュアリティ、そして創造行為)』と題された第二の本をマレーネ・ドブキン・デ・リオスと共に著したが、これは(死後である)2003年にパーク・ストリート・プレスから出版された。ジェニガーは近しい友人たちからは親しみを込めてオズと呼ばれていた。

参照

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出典

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(Translated from the article "Oscar Janiger" on Wikipedia)

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 英語版Wikipediaの"Rosenhan experiment"項目の拙和訳です。日本語版Wikipediaには項目がなかったので訳してみました。注釈および 関連項目、外部リンク、参照については割愛しています。


ローゼンハンの実験

ローゼンハンの実験とは、1973年に心理学者のデイビッド・ローゼンハンによって行われた、精神医学的診断の有効性に関する有名な実験のことである。これは雑誌『科学』において「狂気の場所で正気でい続けること」と題され発表された。この研究は、精神医学的診断に対する重大で影響力のある批判だと考えられている。

ローゼンハンの研究はふたつのパートにおいて実施された。第一のパートは、合衆国の色々な位置の5つの州の内にある12の精神病院への入院の許可を得るために、一時的に幻聴のふりをした健康な協力者、すなわち"ニセ患者達"(女性3人、男性5人)の活用に関している。全員が精神疾患であると診断され入院を許可された。入院が許されたあと、ニセ患者達は正常に振る舞い職員に彼らが気分が良くもはや幻聴も経験しないことを伝えた。病院職員はひとりのニセ患者を探り出すことにも失敗し、代わりにすべてのニセ患者達が進行中の精神疾患の症状を示していると信じた。幾人かは数ヶ月に亘って監禁された。退院の条件として、精神疾患を持っていることを認め、抗精神病薬の服用に同意することを、全員が強制された。第二のパートは、反発した病院がローゼンハンに対してニセ患者をその施設に送るよう、それで職員が彼らを探り出すだろうと、挑発したことに関している。ローゼンハンはこれに合意したが、翌数週間の新しい患者193人の内から、職員は41人を潜在的なニセ患者として認定して、そのうちの19人は少なくとも1人の精神科医および1人の他職員に容疑を持たれた。実のところ、ローゼンハンはただのひとりもその病院に送り込んではいなかった。

この研究は、「我々が精神病院において狂気から正気を区別することができないことは明白だ」と結論し、精神障害施設における非人間化とラベリングの危険についても明らかにした。精神医学的なラベル付けよりも、特定の問題や行動に集中する地域精神衛生施設の利用が解決になるかもしれないと示唆し、精神医療従事者の施設における社会心理学的な意識を高めさせる教育を勧めた。


目次
1 ニセ患者の実験
2 存在しない詐称者の実験
3 インパクトと論争
4 類似の実験
5 関連項目
6 外部リンク
7 参照


ニセ患者の実験

ローゼンハン彼自身と8人の精神的に健康な協力者達は、「ニセ患者」と称すわけだが、アポイントを求め幻聴のふりをすることで精神病院への入院許可を得ることを試みた。病院職員はこの実験のことは知らされていなかった。ニセ患者達には、心理学の20代の大学院生、小児科医、精神科医、画家と主婦が含まれていた。だれひとり精神疾患の履歴はなかった。ニセ患者達は偽名を使い、精神衛生分野で働く人達は何らかの特別な処置や調査を誘発することを避けるため別の分野の偽の職業を与えられた。名前や職業の詳細を偽ることを別にすれば、より深い経歴の詳細は真実が報告された。

初めの精神医学的評価の間、彼らは患者として、しばしば不明瞭に、しかし単語の"empty""hollow""thud"だけを発音するように、同性の声が聞こえると訴えた。これらの単語は、彼らがある種の存在の危機を漠然とほのめかすものとして、また、それらを精神病の症状とするどんな既刊文献もないことから、選択された。それ以外の精神医学的な症状は主張されなかった。もしも承認されたなら、ニセ患者達は「普通に行動する」ように、また気分爽快でもはや声が聞こえないと報告するよう、指示されていた。実験後に入手された入院記録には、全部のニセ患者達が友好的で協力的であると職員により特徴付けられていた。

合衆国各地にある12の異なる精神病院に対する全員が入院を許可されたのだが、これには、田舎にある寂れて資金不足の公立病院や、素晴らしい名声を持つ都市の大学病院、また高額の費用のかかる個人病院1施設が含まれている。同じ症状を表したのだが、11人が公的病院において統合失調症と診断され、1人は私立病院において、良好な臨床転帰からより軽い診断として、躁鬱病を伴っているとされた。彼らの滞在は、7日から52日の範囲に広がり、平均すると19日となった。全員が統合失調症が「寛解」したという診断を伴って退院したが、これをローゼンハンは、精神障害が治癒可能な病気ではなく一生の烙印となる不可逆の状態として認識されている証拠として採用する。

職員や他の患者に関する多数のメモを一貫して公然と取っていたにもかかわらず、また他の精神病患者達の多くが彼らを詐称者だと見抜いていたようなのだが、ニセ患者達の誰も病院職員によって詐称者であると見抜かれることはなかった。最初の3件の入院で、全患者118人のうち35人が、ニセ患者達が正気であるとの疑いを表明したが、幾人かはその患者が病院を調査している研究者あるいはジャーナリストであると示唆していた。

病院側の記録は、職員がニセ患者の多くの振る舞いについて精神医学用語で解釈していたことを示している。例えば、ある看護婦はニセ患者がメモを取っていることを「記述行為」と分類し病的なものだと判断していた。その患者の普通の経歴は、病院記録内においては、原因論でそのとき優勢だった理論に従って、統合失調症であることが期待されるラインに沿うよう書き直されていた。

ニセ患者達は病院に彼らを解放させるようしむける自力退院を要請されたが、ニセ患者達が自由意志ですぐに退院するなど金輪際ないだろうことが明白になった時、緊急事態を予想して弁護士が雇われた。一旦入院許可が下り診断が下ると、ニセ患者達は彼らが精神疾患であり抗精神病薬(彼らはそれをトイレに流していたが)を摂取し始めることを精神科医に同意するまで解放を得られなかった。職員は誰もニセ患者達が彼らの薬をトイレに流していることに気付かなかったので、彼らがそうしているという報告もなさなかった。

ローゼンハンと他のニセ患者達は、圧倒的な非人間化の感覚、激しいプライバシーの侵害、そして入院している間の退屈について報告した。彼らの持ち物は不規則に点検され、また彼らは時にトイレを使っている時も監視された。職員が善意のように見えるとしても、彼らは一般に患者を物体化・非人間化し、あたかも患者達がそこに存在しないかのように眼前で長々議論することが度々あり、公務を遂行するに当たりどうしても必要な場合以外は患者との直接の交流を避けた、と彼らは報告している。世話係の何人かは、他の職員がいない時に、患者に対する言語あるいは身体的な虐待をする傾向にあった。カフェテリアの外で早くからランチを待っている退屈な患者グループは、ある医師によって彼の学生に「口唇欲的な」精神疾患症状を経験していると言われていた。医師との面談は平均して一日に6.8分だった。

「友達にも家族にも言っていたんですよ、『出られる時に出られる。それだけのこと。向こうには2日間いるつもりでそしたら出てくる。』って。あそこに二ヶ月もいるだろうなんて誰も分かりはしなかった...。唯一の出口は、彼ら[精神科医達]が正しいと指摘することだけ。彼らは私を狂っていると言っていた。『私は狂っています。でも快方に向かっています。』それは、私に関する彼らの見解への肯定だった。」デイビッド・ローゼンハン BBC番組『罠』より


存在しない詐称者の実験

この実験のために、ローゼンハンは著名な研究病院や大学病院を使ったのだが、これらの職員は最初の研究の結果を聞き及んで同様の間違いが彼らの施設では起こりえないと主張したのである。ローゼンハンは、三ヶ月間にひとり以上のニセ患者が承認を受けることを試み、病院職員は来院する患者を詐称者である可能性において評価するよう、彼らと話を付けた。193人の患者から、41人が詐称者であると判断され、更に42人が注意人物であると判断された。現実においては、ローゼンハンはひとりのニセ患者も送り込まず、病院職員から嫌疑をかけられたすべての患者は通常の患者達だったのだ。このことは、「このように巨大な過誤にあまりに安易に加担してしまうどの診断手法も非常に信頼できるものではあり得ない」という結論を導いた。他の者による研究でも同様に問題のある診断結果が見出された。


インパクトと論争

ローゼンハンは自身の研究成果を『科学』に載せ、精神医学の診断の信頼性と、研究の協力者により体験された患者治療の本質に対する骨抜きと貶めを批判した。彼の論文は論争の爆発を生んだ。

多くが精神医学を擁護し、精神医学の診断は大部を患者の経験の報告に依拠しているので、彼らが存在を偽ることは、他の医学的症状について嘘を吐くことに比べれば、精神医学的診断の問題をよく明らかにしはしない、と述べた。精神科医ロバート・スピッツァーは1975年のローゼンハンの研究に対するケティの批判をこんな風に引用した。

仮に、私が1クォートの血を飲んでそのことを隠し、どこかの病院の緊急治療室に行って血を吐いたなら、職員の振る舞いはたやすく予想できるだろう。もし彼らが出血性消化器潰瘍として私を分類し治療したとしても、医学が症状をどのように診断するか知らない、などと説得できるとは思えない。

ローゼンハンはこれに対し、もし潰瘍に関するそれ以外の症状がないのに彼らがあなたを数週にわたってなお潰瘍だと考え続けるとしたら、それは大きな問題を生み出すでしょう、と答えた。


類似の実験

アメリカ人の調査ジャーナリストであるネリー・ブライは1887年に精神病院への入院許可を得るため精神疾患の症状を装い、そこのひどい環境を報告した。成果は『狂気の家の10日間』として出版された。

モーリス・K・テマリンは25人の精神科医をふたつのグループに分け、役を演じている正常な精神の俳優の話を聞かせた。一方のグループにはその俳優が「神経症患者に見える非常に興味深い人物だが実際まったくの精神病者である」と聞かせ、もう一方には何も伝えないままにした。前者のグループの60%が精神病と診断し、統合失調症が最多だったのだが、もう一方の制御グループでは誰もそうしなかった。

1988年には、ローリングとパウエルが、290人の精神科医にある患者のインタヴューの写しを配り、半分にはその患者が黒人であると伝え、もう半分には白人であると伝えた。「臨床医達は、白人患者に対する事例研究と同じ事例研究であっても、凶暴性・不審さ・危険性を黒人患者に帰すように思われる。」という結果を結論とした。

サイエンス・ライターのローレン・スレイターは、2004年に出された彼女の著書『スキナーの箱を開ける』のために、非常に似た実験を実施したようだ。彼女は9の異なる精神科救急室に幻聴により現れ、「ほとんど毎回」心因性鬱病の診断を受けることになったと主張している。しかしながら、実際に彼女の実験を実施したという証拠を供するよう異議申し立てを受けたとき、彼女はできなかった。

2008年には、BBCの科学番組であるホリゾンで、『どの程度あなたは狂っているか?』と題された2回にわたる放送分で若干関係のある実験が行われた。実験は10人の被験者が関与し、5人は予め診断されたメンタルヘルス状態で生きている人々であり、5人はそのような診断は受けていない。彼らは、3人のメンタルヘルス診断における専門家に観察され、その調査はメンタルヘルス問題を持つ5人を特定することになった。この専門家達は10人の患者の内でふたりを正しく診断、ひとりの患者を誤診し、ふたりの健康な患者をメンタルヘルス上の問題を持つとして誤って特定した。


関連項目

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外部リンク

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参照

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 Wikipedia英語版の"Sadism and masochism as medical terms"の拙訳です。Wikipedia英語版にはサディズムとマゾヒズムに関してまとまった説明をしたページが複数あるのですが、今回訳したのは医学的観点からの説明の記事です。翻訳対象ページのlanguageを見ると「日本語」の表示があるので、そのまま対応する日本語版のページがあるように思えますが、クリックして表示されるのはなぜかSM (性風俗)のページですので恐らくリンクミスだと思われます。
 文中に出てくる「日本人自体にマゾヒスティックな傾向がある」と主張しているらしいNakakukiという人物が印象的です。中久喜雅文博士のことだろうと思います。
 サドマゾの発達上の原因を知りたくて訳してみたんですが、どうもフロイト系の原因理解は既に古くなっていて、むしろ原因を問わなくなってきているようです。恐らく厳密にはよく分からないからだと思います。あるいは、よく分からないことが分かってきたのだと思います。
 「医学用語としての~」と銘打っているわりにはさほど専門的でもないので気軽に読めます。
 フロイトのマゾヒスト分類のところで「女性的~」と「道徳的~」の2つだけが列挙されていますが、実際には分類項目としてもう一つ「性源的~」があります。


医学用語としてのサディズムとマゾヒズム

サディズムとマゾヒズムは、その意味において、苦痛を負わせるか自身の上に苦痛を負わしめる場合の性的快楽や満足の感覚により特徴付けられる精神障害を表わしている。サドマゾヒズムは、使用される理論によって、一人の人に別の障害として起こるサディズムとマゾヒズムの共起性か、両方の用語の言い換えを表現するために、精神医学で使われる。医学におけるサディズムとマゾヒズムのの定義は、19世紀に精神科医リヒャルト・フォン・クラフト=エビングによって紹介されてから、幾度も修正されなおしてきた。

この記事は医学用語としてのサディズムとマゾヒズムの発達に焦点を当てており、精神疾患の分類と診断の手引(DSM)における性的倒錯理論の現代的定義につながっている。性愛的な実践、サドマゾのサブカルチャーや他の合意に基づくサディズムとマゾヒズムに関連する事柄については範囲としていない。しかしながら、この記事はそれらの用語の歴史に触れているので、BDSMへの言及がある。

1.早期の記述

サディスティックまたはマゾヒスティックな行動はクラフト=エビング以前から知られていた。1498年にイタリアの哲学者ピコ・デラ・ミランドラがセックスの前に鞭打たれることを欲する人物を記述している(Farin 1990)。1639年にはドイツの医師ヨハン・ハインリッヒ・マイボームはマゾヒズムに関する最初の理論を発表した(Meibom [1639] 1718)が、同時代の解剖学の知識に立脚するもので、背中を打ち据えることは腎臓内の精液を温めると仮定して、睾丸までそれが届くと性的興奮を引き起こすとした。クリスチャン・フランツ・パウリーニは1698年にこれを修正し、精液ではなく温まった血液が腎臓から下ってとしたが、基本的な理論はクラフト=エビングまで揺るぎのないままだった。1788年にはフランコイス・アメディー・ドッペットにより、女性器に対して同じ効果を仮定することで女性を含め、これは展開された。

性愛的な実践としてのサドマゾヒズムはマルキ・ド・サド以前にも文学ではよく知られていた。おおよそ紀元4世紀のカーマ・スートラは合意に基づく性愛的な平手打ちを記述している。1749年に出版された小説ファニー・ヒルにおいて、その英国人の著者であるジョン・クレランドは娼家の若い男性を鞭打つ主人公を登場させている。フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーは、彼の自伝の告白によれば、彼のマゾヒスティックな幻想の不幸について述べている。

同性愛や動物性愛のような予め分類された性的倒錯の他の実践と違って、サドマゾ的行動は聖書ではっきりした禁制がない。

2.クラフト=エビングと性的精神病理

クラフト=エビングは、異様な性的事例の歴史や性犯罪を集めた『性的精神病理』の最初の版を1886年に出版した。「サディズム」および「マゾヒズム」という言葉は後の版で発表された。「サディズム」はクラフト=エビングがマルキ・ド・サド(『ソドムの120日』のよな、サドの仕事の重要な部分は後まで出版されなかった)の人生と作品について知っていることから受け継がれた。サドは1814年に死んだ。「マゾヒズム」に対してクラフト=エビングは、オーストリアの作家であるレオパルド・フォン・ザッハー=マゾッホという、同時代の人の名前を選んだ。「サディズム」および「マゾヒズム」は、しかしながら、サドやザッハー=マゾッホの作品が表わすように性的嗜好と好色性に関するまったく違った論理に起因している(ジル・ドゥルーズはザッハー=マゾッホに関する発表でこの点を暴露した)。

クラフト=エビングの基本仮説は、出産に直接関連しない性行為のすべての形式は性的倒錯だというものだ。彼はベネディクト・モレルによって出版された退廃の理論の観点からサディズムとマゾヒズムを記述している。これは性的倒錯のような特徴は遺伝しうると述べている(Morel 1957)。言い換えれば、非道徳的で不利益な性行為-自慰のような-と考えられたことに手を染めた人々は、これらの傾向を彼らの子供に伝えて、人間の遺伝子プールの着実な劣化を引き起こす。

クラフト=エビングは、男性の中に基本的で生得的な性的サディズム傾向を、女性の中に生得的な性的マゾヒズムの傾向を見ていて、この見方は精神分析家によって拡大された。

他の同時代の研究者達はクラフト=エビングの発見を疑うか、修正を示唆するかした。イギリスの医師ハヴロック・エリスは苦痛を楽しむことは性愛の文脈に限られていると記した (Ellis [1939] 1967)。1892年には、アルバート・フォン・シュレンク=ノッツィングがアルゴラグニアなる語を記述の代替形式として提案した(Schrenck-Notzing 1892)。しかしながら、クラフト=エビングの理論はジグムント・フロイトによって採用され精神分析の欠くことの出来ない一部となり、それらの優位は確固たるものとなった。

3.フロイトと精神分析

フロイトはマゾヒズムと(より少ない程度で)サディズムを精神分析の核心部分とした。『性道徳に関する3つの論文』で、彼は性行為の間に苦痛を与えたり受けたりする傾向を「あらゆる性倒錯の中で最も一般的で最も重要だ」と判断した(Freud [1905] 1996)。彼はまた一般に両方の傾向が同一人物の内に起こると指摘した。

フロイトはサディズムとマゾヒズムの起源に関する理論を繰り返し変更したが、当初マゾヒズムは自己に対するサディズムの形式としてのみ起こると言っていた。彼は後に、「一次的」及び「二次的」マゾヒズムと「女性的」及び「道徳的」マゾヒズムのような下位形式の概念を提唱した。彼はまた罪を重要なファクターと見なし、彼の性心理学的発達理論の内に双方の傾向を統合した。簡単に言えば、それらは子供の中の不完全あるいは不正常な性的発達のしるしであると仮定されている。

カール・ユングやヴィルヘルム・ライヒやテーオドール・ライクのようなフロイトの追随者達は、その過程において新用語や概念を作りながら、彼の着想を拡大・修正した。エルスワース・ベイカーはマゾヒスト的性格の起源を親の不一致に帰した。ヘレーネ・ドイチュはすべての女性は生得的にマゾヒスティックであると主張し(Deutsch 1930)、クラフト=エビングとフロイトの見解を補強した。何人かの理論家は、日本のように国全体の人々が精神分析的な意味でマゾヒスティックだと考えられるはずだと主張する(Nakakuki 1994)。これらの修正のため、「マゾヒスト」のような最も基本的な単語ですら精神分析において非常に多くの違った意味を獲得したため、用語は精神分析者自身を混乱させ、部外者に理解しがたいようなものになった(Maleson 1984)。

サドマゾヒズムに対するフロイトの理論とサドの哲学はジル・ドゥルーズやシモーヌ・ド・ボーヴォワールのような理論家を魅了した。彼らの作品は、正式の研究に基づかないし時に現実の生活のサドマゾヒズムから遠く離れていたけれど、20世紀中盤における大衆のこの主題に対する見解に強い影響を与えた。

4.実証研究

精神分析の外部において、サドマゾヒズムへの見方は20世紀後半に現実生活のサドマゾヒストの実際の振る舞いに対する研究とともに変わり始めた。両性内のサドマゾ的傾向はアルフレッド・キンゼーによって彼の報告書の一部として書き留められた。サドマゾ的サブカルチャーの存在を最初に記述したのは1972年のロバート・リットマンだ(Litman 1972)。

サドマゾヒズムに関する最初の大規模の実証研究は、1977年にアンドレアス・スペングラーによって指揮された。スペングラーはドイツの医師で、基礎データを集めるためにアンケートを使った(Spengler 1977)。彼の成果は殆どの早期の仕事(特に精神分析家のもの)と食い違っていて、彼は先行の研究は「偏見と無知の重荷を負って」いると結論を下すこととなった(Spengler 1979)。ノーマン・ブレスロウがこれを発展させた時、彼はスペングラーのものも含めてすべての科学的文献の中でたった5つだけ先行実証研究を見付けた(Breslow 1985)。ブレスロウはまた売春婦ではない女性達がサドマゾ的サブカルチャーの重要な部分を構成していることを最初に示した(Beslow 1985)。実証研究は、クラフト=エビング以来広く言われ続けてきた、サドマゾヒストにおける暴力犯罪へのつながりや社会病理学的行動への傾向増加の証拠を見付けてはいない。

以前主張されたより遙かに多くの人々がサドマゾヒズムを実践していて、サドマゾヒストがサブカルチャーを形成するという理解は、医学の外部からの研究者の流入を導いた。人類学者のポール・ゲバードは文化的文脈でサディズムとマゾヒズムを記述した(Gebhard 1969)。再びドイツで、トーマス・ウエッツシュタインは社会学的な観点から地方のサブカルチャーの大規模な研究を実施し、スペングラーの成果とそれの発展を確認した(Wetzstein 1993)。これらの研究の影響による1つの主要な変化は、女性がマゾヒスティックな役割に自身を限定しないという理解だった。最近の研究の多くでは、サディスティックまたマゾヒスティックな衝動の原因が何かを考えることは、それらのメカニズムや諸特性を記述することに比べて少ない。

5.研究と主流文化

実証研究の成果と性的マイノリティーへの寛容な態度の増大は、例えば1971年のユーレンスピーゲル結社のように、ますますサドマゾヒスト達を公的なグループを形成するように導いた。これはドイツやノルウェイのように合意した成人間のサドマゾヒズムが合法である国々においてはとりわけ当てはまる。結果として、サドマゾヒズムは更に一層西洋と日本の文化の主流として存在するようになった。更に、サドマゾヒスト自身が本やメディアを通して自身の考えを表現しだしたのだ。これの実例は、デンマークのマリア・マーカス(Marcus 1974)、米国のパット・カリフィア(Califia 1980)、フランスのベネッサ・デューリー(Duries 1993)、そしてドイツのキャスリン・パシッヒ (Passig 2000)である。

6.サディズムとマゾヒズムの今日

より新しい研究の成果は、病気の分類としてのサディズムとマゾヒズムの廃止への要求を導く結果となり、本当に病的な形式は他の診断により適切にカバーされるものと論じられている。BDSMサブカルチャーは、差別とその潜在性の主張を強調することにより、また精神障害のリストから同性愛を取り除く前例を参照することにより、この衝動に別の次元を加えた。

それに応じて、米国精神医学界は、合意に基づくサドマゾ的行為はそれだけでは最早性的障害とは考えないとするために、1994年の精神疾患の分類と診断の手引(DSM IV)においてサディズムとマゾヒズムの診断基準を見直した。2000年に出版されたDSM-IV TRでは、サドマゾ的行為は、もし患者が「合意を持たない人に対してこれらの衝動に基づき行動する」か「衝動、性的幻想、あるいは行動が際だった苦悩や人間関係の問題の原因になった」場合に障害として診断されうる。結果として、合意に基づくサドマゾヒズムは、患者の人生に深刻な困難を引き起こさない限り、もはや障害として考慮され得ない。

1995年にデンマークはサドマゾヒズムを障害の分類から完全に除去した最初の国になった。

(Translated from the article "Sadism and masochism as medical terms" on Wikipedia)

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 英語版Wikipediaの"Otto F. Kernberg"の項目の拙訳です。今のところ、日本語版Wikipediaにはオットー・F・カーンバーグに関する独立したページはありません。今回は分量がかなりなので目次を訳しましたが、注記、一般参照、外部リンクについてはいつものように訳を省略しています。
 元の英文記事がそこそこ長文で複数人で編集されたせいか、Wikiにありがちなことではありますが、やや錯綜していました。まったく同じタイトルの項目(3と6)があったり、冗語のような箇所が幾つかあったりもしました。
 日本語で対応する用語が発見できなかった"object relations dyads"は「対象関係対(つい)」と訳しています。


オットー・F・カーンバーグ

オットー・F・カーンバーグは精神分析医でありウェイル・コーネル医科大学の教授である。彼は、境界性人格構造や自己愛病理に関する精神分析理論によって非常に広く知られている。また、彼の仕事は戦後の自我心理学(これは主に米英で発達した)とクライン派の対象関係論(これは主に大陸欧州と北アフリカで発達した)統合の中心であり続けた。彼の統合的な文章は、おそらく現代の精神分析医達の間で最も広く受け入れられている理論である、現代対象関係論の発展の中心だった。

ウィーン生まれであり、カーンバーグと家族は1939年にナチスドイツから逃れて、チリに移住した。彼は生物学と医学を学び、後に精神医学と精神分析学をチリの精神分析学会に学んだ。彼はロックフェラー財団の研究奨励制度によって、ジョン・ホプキンス病院でジェローム・フランクに精神療法の研究で師事するため、1959年に初めてアメリカ合衆国に来た。1961年に彼はC.F.メニンガー記念病院に参加し(後に所長になった)アメリカ合衆国に移住した。精神分析者のためのトピカ研究所の精神分析者達を指導・教育していて、メニンガー基金による精神療法研究プロジェクトの責任者だった。1973年に彼は、ニューヨーク州精神医学研究所の一般臨床サービスの責任者となるため、ニューヨークに移転した。1974年にコロンビア大学の内・外科医のカレッジで精神科の教授に任命され、精神分析の教育及び研究のためのコロンビア大学センターで精神分析医を教育・指導していた。1976年にコーネル大学の精神科教授と、ニューヨーク・コーネル病院医療センターの人格障害研究所所長に任命された。彼は1997年から2001年まで国際精神分析学会の会長だった。

彼の主な貢献は、自己愛と対象関係論及び人格障害の領域に存している。彼は構造的構成と重篤性の度合いに沿って人格障害を調整するための新しく有用な枠組みを開発した。彼は1972年にニューヨーク精神分析学会のハインツ・ハートマン賞を、1975年のエドワード・A・ストリーカー賞をペンシルベニア病院研究所から、1981年に精神分析医学協会のジョージ・E・ダニエルズ・メリット賞を、授与された。


≪目次≫
1.転移焦点化精神療法
1.1適合する患者
1.2TFPの終着点
1.3治療の焦点
1.4治療手順
1.4.1契約
1.4.2治療経過
1.5診断の詳細
1.6変異のメカニズム
2.自己愛理論とH・コフートとの論争
3.カーンバーグの発達モデル
4.自己愛の理論
4.1自己愛の類型
4.1.1健全な大人の自己愛
4.1.2健全な子供の自己愛
4.1.3病的な自己愛
5.カーンバーグvs.コフート
5.1自己愛性人格と境界性人格の関係
5.2健全な自己愛vs.病的な自己愛
5.3自己愛的理想化と誇大自己の関係
5.4精神分析の技法と自己愛的転移
5.4.1オットー・カーンバーグによる病的自己愛に関する分析的立場
5.4.2ハインツ・コフートによる病的自己愛に関する分析的立場
5.4.3ハインツ・コフートとオットー・F・カーンバーグにより考察されたアプローチ
5.4.4統合関係的アプローチ
6.カーンバーグの発達モデル
6.1初めの数ヶ月
6.2発達上の課題
6.2.1第一の発達上の課題:自己と他者の精神上の明確化
6.2.2第二の発達上の課題:スプリッティングの克服
6.3発達段階
7.カーンバーグの欲動に関する見解
8.注記
8.1一般参照
9.外部リンク


1.転移焦点化精神療法

オットー・カーンバーグは、転移焦点化精神療法(TFP)として知られる、精神分析的精神療法の集中的な形式をデザインしたが、これは境界性人格構造の患者により向いているとされる。境界性人格構造の患者は情動と思考においていわゆる「スプリット」を経験すると言われ、治療の意図された狙いには自己と対象の表象に分裂した部分を統合することに焦点が当てられている。

TFPは、一週間に最大3回45分~50分のセッションを必要とする、境界性人格構造(BPO)の患者に向けて特にデザインされた、精神分析的精神療法の強力な形式だ。それは、その個人が情動の込められた自己と特定の他者の和解に至っていない矛盾する内的表象を抱えているものと見なす。これらの矛盾した内的対象関係に対する防衛は同一性拡散と呼ばれ、他者や自己との関係を阻害する原因となる。自己や他者や関連する情動に対する歪んだ知覚は、セラピストとの関係の中に出現する(転移)時治療の焦点となる。これらの歪んだ知覚に対する無矛盾な解釈は変異のメカニズムと考察されている。

1.1適合する患者

カーンバーグはTFPを特に境界性人格構造の患者のためにデザインした。彼によれば、これらの患者は自我拡散や原始的防衛操作及び不安定な現実検討能力に苦しんでいる。

自我拡散は病的な対象関係の結果なのであり、矛盾的な性格特性や、自己と非常に理想化されるか価値を引き下げられるかした対象との関係の不連続を含んでいる。しばしばBPO患者により使用される防衛操作は、スプリッティング、否認、投影性同一視、原初的な価値の引き下げ/理想化、全能感、である。現実検討能力は、人の自己と対象の知覚を変容させる原初的防衛機制から否定的な影響を受けている。

1.2TFPの終着点

TFPの主たる終着点は、より良い行動制御、強化された情動規制、より親密で満足の行く人間関係、人生の目標を追求する能力である。これは、統合された自他表象の発展、原初的防衛操作の修正及び患者の内的表象世界の断片化を永続させる自我拡散の解決、を通して達成されると信じられている。これをするために、患者によって情動の込められた従前の人間関係の内的表象は、セラピストがセラピー上の関係において気付くものとして、即ちこれは転移のことであるが、一貫して解釈される。明確化や対立や解釈のテクニックは発展する患者とセラピストの間の転移関係の内に使われる。

1.3治療の焦点

他の多くのBPOへの治療法とは異なる、TFPの際だった特徴は、BPOの症状の根拠をなす特有の心的構造の着想にある。BPO患者は心の基礎的な分裂に苦しんでいる。自己と他者の相貌は防衛的に『すべて善』か『すべて悪』の表象に分割される。この内的分裂は、患者の、他者や一般的な周囲の状況を経験する方法を決定する。治療の目標は分割された自己と対象の表象を統合することにある。

この分裂は文字通り、自己と対象の表象の善なる部分を支配し制御し破壊する可能性のある、攻撃的衝動に対する防衛である。自己と対象の表象における善なる部分は分割することによって守ることを試みられる。

BPOは情動的なものが込められた人間関係の体験(それは時を経てその人の心に累積的に内面化され彼または彼女の精神構造に『対象関係対』として構築される)に起因するだろう。

精神発達の過程では、これらの分離された二者はより成熟した柔軟な自他の感覚を伴い統合された全体へとまとめられる。

1.4治療手順

1.4.1契約

治療は治療契約の作成により始まるが、それはすべての患者に適応される一般的なガイドラインと、治療過程を妨害するかもしれない個別の患者の問題領域より作成された特別項目から成っている。契約にはセラピストの責任も含まれている。患者とセラピストは治療が進展する以前に治療契約の内容について合意をしなければならない。

1.4.2治療経過

TFPは以下の3つのステップから成っている。
・(a)転移における個別の内的対象関係の診断的記述
・(b)転移における自己と対象の表象の合致、転移・逆転移における彼らの振るまい、に関する診断的詳細
・(c)自己と他者が統合された感覚(自我拡散を解決する)をもたらす、分裂した自己表象の統合

治療の最初の年においては、TFPは以下の問題階層に焦点を合わせる。
・自殺的、自己破壊的行動の封じ込め
・治療を破壊する多様な方法
・優勢な対象関係パターン(未統合または未分化である自他の情動・表象からより首尾一貫した全体へ)の同定及び要約

1.5診断の詳細

精神療法上の関係においては、転移によって自己と対象の表象が活性化される。治療の途上において、投影や同一化が働き、すなわち、価値の引き下げられた自己表象がセラピストに投影され、また一方で患者は危機的な対象表象を同一視する。これらのプロセスは普通怒りや恐怖といった情動体験とつながっている。転移によって活性化されるだろう自己-対象による表象の例を以下に述べた。

・自己 対象
・コントロールされ怒る子供 コントロールする親
・望まれぬ放任された子 自己陶酔的な親
・障害のある子供 軽蔑する親
・嫌がらせの犠牲者 サディスティックな攻撃者
・剥奪された子供 自己中心的な親
・性的に興奮する子 去勢する親
・扶養され満足する子 溺愛し賞賛する親

転移から浮かび上がってくる情報は、2つの理由により、その人の内的世界への直接的な接近手段を供給する。第1の理由は、共有する現実に対する矛盾した知覚をすぐに議論の俎上に載せることが出来ることから、それがセラピストと患者双方により同時に観察されうること。第2の理由は、共有している現実に対する知覚は情動を伴うのに対して、歴史的題材に関する議論は知的質を持ち得てはしも、だからこそあまり参考にならないこと。

分裂した自己表象の解釈的統合
TFPは精神療法セッションにおける解釈の役割を強調する。自他の表象の分裂が治療を通し演じきられるので、セラピストは、断片化した自他の感覚による継続的分裂を下支えしている原因(恐怖や不安)を患者が理解するのを手助けする。この理解には治療上の関係内での強い情動経験を伴う。この理解と情動経験の結合は、分裂した表象の統合や、患者のアイデンティティーと他者の経験が統合された感覚の創出を導く。それ故、精神構造の統合はBPO症状の低減をもたらしうる。

1.6変異のメカニズム

TFPにおいて仮定された変異のメカニズムは、カーンバーグの発達に基礎を置く境界性人格構造の理論に由来しているが、自他における未統合で未分化な情動と表象に関して概念化されたものだ。自と他の表象の一部は対をなしていて、対象関係対と呼ばれる心的単位内の情動に結びついている。これらの対は精神構造の要素である。境界性病理では、内的な対象関係対の欠落は、否定的表象が自と他(全面的な善か悪として見られる人々)の理想化された肯定的表象からすっかり分離され隔離されているような、『分裂』した精神構造に該当する。推定されているTFP治療患者の全体的な変異のメカニズムとは、これらの分極した情動の諸状態や自他表象をより首尾一貫した全体へと統合することなのだ。

2.自己愛理論とH・コフートとの論争

オットー・カーンバーグは自己愛には3つのタイプがあると述べている。つまり、健全な大人の自己愛、健全な子供の自己愛、病的な自己愛、である。病的な自己愛は、自己の病的構造におけるリビドー備給として定義され、自己愛性人格障害が全体の中で最も重度なのだが、更に3つのタイプ(幼児的自己評価規範への退行、対象の自己愛的選択、自己愛性人格障害)に分けられる。未だに、自己愛はオットー・カーンバーグとハインツ・コフートの間の不調和の大きな源であり続けている。両者とも、自己愛的、境界的、精神病的な患者に焦点を当てているのだが、その焦点と彼らの理論と治療の内容は相当に違ってきた。彼らの主要な相違点は、自己愛性と境界性の人格、正常と異常の自己愛、自己愛的理想化と誇大自己に関する着想、同じく精神分析手法と自己愛転移、の間の関係についての概念化に対する反応の上に現れる。

3.カーンバーグの発達モデル

他の主要なカーンバーグの貢献は彼の発達モデルである。このモデルの中で彼は人が達成しなければならない3つの発達上の課題を記述している。ある発達上の課題を達成することに失敗した場合、これはある精神病理を発展させる高危険に対応する。最初の発達課題に失敗することによって、それは自己と他者の精神的な明確化のことなのだが、多様な精神病を発展させる高危険が生じる。2番目の課題(スプリッティングの克服)が達成されないと、境界性人格障害を発展させる高危険が生じる。

4.自己愛の理論

カーンバーグによると、自己とは複数の自己表象から成る精神内部の構造のことだ。それは善と悪の自己イメージを統合しているような現実的な自己である。すなわち、自己はリビドーと攻撃性の備給された要素が組み合わさった構造を構成する。カーンバーグは通常の自己愛を自己のリビドー備給として定義した。しかしながら、この自己のリビドー備給が、単にリビドーエネルギーの本能的源から生じているわけではないことは、強調される必要がある。それどころか、自我-超自我-イドといった、自他の精神内部の構造間の諸関係に由来するのだ。

4.1自己愛の類型

4.1.1健全な大人の自己愛

これは普通の自己構造に基礎を置く普通の自己評価のことである。この人は、摂取された対象表象の全体を持ち、安定的な対象関係と強固な道徳体系を持つ。超自我は十分に発達し他と区別されている。

4.1.2健全な子供の自己愛

自己評価の規範は年齢にみあった満足を通して生起するが、それは子供の健全な価値・要求・禁止の体系を含み意味する。

4.1.3病的な自己愛

3つの亜型
・幼児的自己評価規範への退行。理想自我は子供のような欲求や価値および禁止により支配されている。自己評価の規範は、大人の生活では廃棄されるような幼児的快楽に対する表出や防衛に過剰に依存している。これは最も軽度な病的自己愛のタイプだ。
・自己愛的対象選択。このタイプは初めのものよりは深刻だがより稀である。幼児的自己の表象は対象に投影され、その同じ対象を通して同一化される。それ故、リビドー連合が生じ、そこでは自己と他者の機能が入れ替わる。
・自己愛性人格障害。このタイプは健全な大人の自己愛とも健全な子供の自己愛への退行とも違う。最も重篤なタイプであり精神分析療法に適している。

カーンバーグの見方では、自己愛性人格は、健全な大人の自己愛から区別され、健全な子供の自己愛に向けられる固着あるいは退行からも区別される。発達の原初的段階での固着や特定の精神内部の構造の発達の欠落では、自己愛性人格の特徴を説明するのに十分ではない。それらの特徴(自我と超自我構造の病的な区別と統合の過程を通しての)は病的な対象関係の結果なのだ。病的自己愛は単なる自己の内でのリビドー備給なのではなく、病的で未発達な自己の構造の内でのものなのだ。この病的構造は早期の自己と他者のイメージに対する防衛(それらはリビドー的あるいは攻撃的な備給である)を表出する。精神分析のプロセスは原初的対象関係、衝突と防衛(それらは対象が安定する前の発達段階では典型的である)を明るみに出す。

5.カーンバーグvs.コフート

オットー・カーンバーグとハインツ・コフートは、過去と現在の精神分析理論に顕著な影響を与えてきた二人の理論家であると考えられる。二人とも、分析的治療には合わないという風に考えられていた患者の観察と治療に焦点を当てた。彼らの主たる業績の殆どが、自己愛性か境界性か精神病の病理を持つ人達に関係している。今なお、これらの障害の原因、精神構造、治療法、に関する彼らの見取り図は大幅に違っている。全体として見ると、コフートは、根本的にジグムント・フロイトの仮説的諸概念から出発した自己に関する理論家と見なされ、主に人々の自己組織化や自己表現への欲求に焦点を当てた。カーンバーグは対照的に、フロイト派のメタ心理学への忠誠を残し、人々による愛憎を巡る苦闘に関してより力を注いだ。彼らの主たる違いを以下に要約する。

5.1自己愛性人格と境界性人格の関係

この二人の理論家の主要な不一致の1つは、自己愛性・境界性人格障害内の概念化を中心に展開している。カーンバーグによれば、自己愛的な人の防衛構造が境界性の人のそれとよく似ているのは、スプリッティングや投影性同一視のような防衛を見る時にそれが明白になるのだが、前者が境界性人格構造に基礎を置くからなのだ。彼は、彼/彼女の感情や欲求に対して無関心でうわべだけで(冷淡に)子供を扱う母親代理の重大な役割を強調することにより、これらの人々への阻害の起源としての環境要因と体質的要因を識別する。コフートは他方、境界性人格を自己愛性人格とはすっかり違ったもので、分析的治療から受けられる利益も少ないと見ている。同様に、自己愛性人格はより回復力に富む自己によって特徴付けられるので、分析により適している。コフートによれば、環境だけがこれらの人々の苦しみの主たる原因である。更には、双方が自己愛性人格の理論化において「誇大自己」の概念に焦点を当てるのだが、彼らは異なった説明をそれに与えている。コフートにとって「誇大自己」は「原初的で『正常な』自己の固着」の反映であり、一方カーンバーグにとってはそれは病的な発達なのであり健全な自己愛とは違うのだ。コフートにとって治療は主に患者の自己愛的な欲求や希望、転移のプロセス中で露呈するを要求を促進させることに中心を置くべきものである。カーンバーグにとっては、治療の目的には患者が彼/彼女の内的な断片化した世界を統合するのを手助けするために対立の戦略が用いられるべきなのだ。

5.2健全な自己愛vs.病的な自己愛

コフートとカーンバーグ間の主たる議論の1つは健全と病的な自己愛に関するものだ。前述のように、コフートは自己愛性人格が発達停止に苦しめられていると仮定する。特に、彼はこのタイプの人格は、親の環境下での子供時代の発達においてなお満足を与えられなかったところの、順応性のある自己愛的な希望や要求や対象を、映し出していると仮定する。ここにおいて、誇大自己は健全な自己と成るべき見込みの原初的形式以上のものではない。このことが起こらなかった時に病的自己愛が出現するのだ。病的自己愛に対する彼の説明では、どのようにこの障害が発達するかの原因を規定するためにリビドー的力や備給に注意が支払われている。彼にとってこの攻撃衝動はリビドー衝動に関して第2番目に重要なものなのであり、凡庸な攻撃性と自己愛的憤怒を区別すべきである理由なのだ。前者は、彼によるなら、現実的なゴールに向かう場合の妨害物を消すための適応であるのに対し、後者は自己愛的な傷に対する強力な反応である。カーンバーグは、しかしながら、コフートの着想を攻撃性の力を重視しないものだと見なしている。彼は、自己愛的振る舞いが攻撃衝動がその中心的役割を担うような病的発達の結果であると提案することによって、フロイト派の概念化をより支持する。彼は、自己愛は全体に見てリビドー衝動から分けて考えることが出来ない強い攻撃衝動を含んでいると述べている。「各自の内的対象関係の発達をリビドー的・攻撃的衝動の双方の肢に関係づけることなしに、健全あるいは病的な自己愛の変遷を学ぶことは出来ない」と彼が言うように。

5.3自己愛的理想化と誇大自己の関係

コフートは、転移を発展させる能力を欠いていて幾らかの患者は分析できなかったと示唆した、古典的なフロイトの考え方から離れた。彼は、自己愛患者は転移を出現させる能力があるがこれらは他の患者(神経症のような)とやや違うのだと主張した。彼は3つのタイプに分けたのだが、すなわち理想化、鏡、双子転移である。彼のカーンバーグとの議論は殆ど理想化転移に関係していて、コフートによると、健全な発達における原初レベルでの固着と関係している。それでもカーンバーグは理想化転移は、転移において誇大自己の実質的な駆り立てに対する反応として形成されたところの、理想化の病的な型以上ではないと信じた。

5.4精神分析の技法と自己愛的転移

オットー・F・カーンバーグとハインツ・コフートは、分析者の役割と同様に分析のプロセスを、まったく違う観点から尊重した。

5.4.1オットー・カーンバーグによる病的自己愛に関する分析的立場

カーンバーグは、転移の中に現れる誇大自己と理想化の防衛的機能に関する方法論的で永続的な解釈を求めた。『重度人格障害 ~精神療法の方策』(ニュー・ヘイブン:イェール大学出版局)。分析者の役割は、特に対立的なプロセスにおいては、自己愛者の病的構造を修正するため、補助的と言うよりはむしろ中立的であるべきである。「分析者は、これらのケースの個別的な転移の質に焦点を当て続け、一貫して患者の全能的支配と価値の引き下げへの努力に対抗しなければならない」自己愛的現象の攻撃的解釈に対するこの伝統的な強調は、フロイト初期に分析不能だった自己愛神経症と、分析過程で最も強情な抵抗を起こす自己愛的防衛、に対する見方に由来し完全に一致している。

5.4.2ハインツ・コフートによる病的自己愛に関する分析的立場

原始的誇大感や理想化を現実からの防衛的退却の表象として見る一方で、ハインツ・コフートは分析場面での自己愛的錯覚を発達上の重大な契機を確立しようとする患者の試みの表象として捉える。これらの自己愛的錯覚はそれ故自己の活性化への契機を与える。だから、ハインツ・コフートは治療における分析者の立場が十全な自己愛転移を、問題にする代わりに、励起するべきであるところに存すると主張する。これを確立するため、分析者は共感的理解を示せなければならないが、それには自己愛的錯覚に対する感受性と、彼らへ異議申し立てをしたりそれらが非現実であることを示唆したりのすべてのいかなる負担をも忌避することを必要とする。ハインツ・コフートは自己愛転移と自己-対象要求の概念を使う。彼はまた幼稚症と、分析者とその他の全員に対する過剰な要求であるように見えるものの重要性を強調する。放棄されるべき本能的希求というよりはむしろ、あたたかく受け入れ理解されるべき発達上の要求を彼らは見失っている。患者は、彼の発達の早期に何が失われたのかを他者から引き出そうとすることにより、自己治癒を手探りしている。ハインツ・コフートは、分析者がどのように彼が知っていると思っていようと、患者は彼が何を必要としているのかを知っていると感じている。彼は成熟におけるまた発達を通しての希望の重要性を強調する。自己の経験を活性化する理想と理想化への要求が持続してある。彼の自己愛患者との仕事の中において、ハインツ・コフートの精神分析的方法論の決定的特徴はだから共感的没入(あるいは代行的検討)となり、それ故彼は患者の身になって考えようとする。この見地は上記に議論したフロイト早期の自己愛的防衛の分析可能性に関する見地と好対照である。

5.4.3ハインツ・コフートとオットー・F・カーンバーグにより考察されたアプローチ

コフートとカーンバーグの両方は、互いのアプローチを逆効果だと見なしていた。コフートの視点からは、カーンバーグが勧める方法論的解釈アプローチは、自己愛的に弱い患者により攻撃として解釈され激しい自己愛的憤怒を生成する。カーンバーグはこれらの患者を治療するためにむしろこの方法論を勧めているので 自己心理学はカーンバーグをそれを治療する代わりに自己愛を創造していると見なしている。他方、カーンバーグは(より伝統的な視点から)コフートのアプローチは何ももたらさないと見ている。患者の錯覚に対する、それらが結局はひとりでに減退するのだという仮説を伴う、疑問を差し挟まない受容は患者の防衛との共謀を意味する。分析の過程はそれ故堕落し、分析者は有意義に患者を手助けしうる人物として出現することはない。

5.4.4統合関係的アプローチ

しかしながら、ミッチェルは カーンバーグとコフートの観点が双方つなげられた統合関係的アプローチを提案している。彼の意見によれば、「自己愛へのより伝統的なアプローチは、自己愛的錯覚が防衛的に使用される、重要な道筋を強調しはするが、それらの健康と創造性における、またある種の発達上不可欠な他者との関係性の確立における、役割を見落としている。発達停止アプローチ(コフート)は自己愛的錯覚の成長増進機能を強調した自己愛への考え方を生んだが、それらはしばしば被分析者と分析者を含む他の人々との現実的関与を収縮させ阻害する領域を見逃している。」とする。ミッチェルは「被分析者の錯覚をはっきりさせ抱擁することが一方で、それらが経験されうるより大きな背景の提供がもう一方であるような、微妙な弁証法」を勧める。

6.カーンバーグの発達モデル

カーンバーグの主要な貢献の1つは彼の発達モデルである。このモデルは主に、健全な関係を発達させるために完遂しなければならない発達上の諸課題の上に構築されている。各々の発達上の課題を完遂することは精神病理のレベルを表わしていて、それは見出しの発達諸段階を基にして叙述されている。更に、彼の発達モデルはカーンバーグの、フロイトとは違う、欲動に関する見方を含み込んでいる。カーンバーグは明らかにメラニー・クライン、彼女のモデルは主に妄想-分裂ポジションと抑鬱ポジションに頼っている、に触発された。カーンバーグの着想に関するより詳細な情報はコーエン・Mによる最近の出版物の中に見付けることが出来る。

6.1初めの数ヶ月

カーンバーグは幼児に関して、彼の人生の最初の数ヶ月においては、この経験の感情価を土台とする経験を整理しようと苦闘するものとして見ている。幼児は2つの異なった情動状況の間を行ったり来たりする。ひとつ目の状況は快楽と喜びによって特徴付けられ、もう一つの状況は不快と痛みや苛立ちのことだ。どの状況にあるかに拘わらず自他の間では区別されていない。

6.2発達上の課題

6.2.1第一の発達上の課題:自己と他者の精神上の明確化

最初の発達上の課題は、自己であるものと他者であるものの区別を付ける能力を具現化する。この課題が達成されないと、自身の経験と他者の経験の区別が付けられないから、分離され区別された依拠しうる自己の感覚を発達させ得ない。この失敗は、すべての精神病状況への主要な前触れとなると仮定されている。統合失調症の諸症状(幻覚、妄想、断片化)においては、私達は、内的と外的世界、自身の経験と他者の経験、自身の心と他者の心、を区別する能力が欠落しているのを見ることが出来る。

6.2.2第二の発達上の課題:スプリッティングの克服

第二の発達上の課題はスプリッティングの克服だ。第一の発達上の課題が達成された時、人は自己イメージと対象イメージの区別が出来るようになる。しかしながら、これらのイメージは情動的には分離されているに止まる。愛すべき自己のイメージや善き対象のイメージは肯定的情動により纏まっている。憎むべき自己のイメージと悪い苛立たせる対象のイメージは否定的または攻撃的情動により纏まっている。善なるものは悪なるものと区別されている。この発達上の課題が達成されると、子供が対象を『全体』として見ることが出来るので、子供が対象を善でも悪でもあるものとして理解しうることを意味する。対象を『全体』として見ることの次に、子供は自己を、愛するものと憎むもの、同時に善でも悪でもあるものと見なす必要がある。この第二の発達上の課題に失敗すると、これは境界性人格(対象と自己が善でも悪でもあると見られない、何かが善あるいはそれは悪であり、双方の情動は同一対象に同時に内在し得ない、ことを意味する)をもたらす。

6.3発達段階

カーンバーグの自己と対象の発達モデルは、内的対象関係の成長単位描く5つのステージに基礎を置くが、そのうちの幾つかは早い段階の間に起こり始める。ステージは静的なものではなく流動的なものだ。

ステージ1(0から1ヶ月):健全な自閉
このステージは、自己と対象の表象が区別されないものとして特徴付けられる。このステージはマーラー、パイン、バーグマンの自閉概念と同じである。

ステージ2(2ヶ月から6~8ヶ月):健全な共生関係
このステージの初めには子供は対立する感情価を統合できない。リビドー的備給および攻撃的備給をされた表象は『善き』自己-対象の表象と『悪しき』自己-対象の表象に厳密に分けられる。

ステージ3(6~8ヶ月から18~36ヶ月):自己の対象関係からの区別
このステージでは、『善』の自己-対象の表象が『善』の自己と『善』の対象に区別され、直後に『悪』の自己-対象表象が『悪』の自己と『悪』の対象に区別される。子供の自己と他者の区別の失敗は精神病的人格構造をもたらし、第一の発達上の課題の達成に失敗しステージ2にはまり込む。このステージでは自己と他者の区別が起こるが、善および悪の自己および対象の表象は、母との理想的で善い関係を悪い自己表象や悪い母の表象の汚染から守るため、スプリッティングのメカニズムを通じて厳しく分けられる。

ステージ4(36ヶ月以上でエディプス期を経る):自己表象と対象表象の統合
このステージでは、『善(リビドー備給された)』と『悪(攻撃的備給された)』の自己と対象の表象ははっきりした自己システムと全体的な対象表象に統合される。肯定的と否定的特徴の両方を含む自己と他者の可能性が理解されうる。これに失敗すると境界性人格構造を残し、第二の発達上の課題の達成に失敗しステージ3にはまり込む。その結果、善き自己と対象は、善と悪の分裂によりもたらされる攻撃性からなお防御されなければならない。

ステージ5:超自我と自我の統合の強化
このステージでは、自我、超自我およびイドははっきりとした精神内部の構造に統合される。

すべての発達上の課題の完遂に成功すると、子供は神経症的人格構造を発達させるが、それは最も強い人格構造なのである。

7.カーンバーグの欲動に関する見解

フロイトの観点とは違って、カーンバーグによると欲動は生まれつきのものではない。リビドーと攻撃の衝動は他者との相互作用の経験により時を経て発達し形成される。子供の善と悪の情動はリビドーと攻撃の衝動の内に形成され固められる。善は、快い他者との相互作用として、時を経て快楽追求的(リビドー的)な衝動に固まる。同じように悪は、他者との不満足で苛立たしい相互作用として、破壊的(攻撃的)な衝動に時を経て固まる。

8.注記
(省略)

8.1一般参照
(省略)

9.外部リンク
(省略)

(Translated from the article "Otto F. Kernberg" on Wikipedia)

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 英語版Wikipedia内の"Dysthymia"の項目の和訳です。外部リンクや補足・参照等の訳は省略しています。ディスチミア自体の訳語としては「気分変調症」があります。広義における鬱病の一種であるようです。"Dysthymic Disorder"とほぼ同義に捉えられているようです。
 近年、雅子妃を巡る一連の報道で「ディスチミア親和型鬱病」なる用語が新型(!)鬱病の名として流布しました。現代の日本の若者に特徴的な鬱病なんだそうですが、ディスチミアという言葉自体は少なくとも古代ギリシャからあるようです。無論、日本の学者(樽味伸)が言い出したのは、あくまで「~親和型」なのでディスチミアそのものとは違うのでしょうが、何を意味してるのかいまいちはっきりしません。単にある種のパーソナリティー障害に伴う抑鬱状態(or軽度鬱病)を表現しているだけなのではないかという疑念を、私は初めて用語を知った時から持っているのですが、まだあんまり払拭されません。
 まあ、そのことはどうあれ、以下が「ディスチミア」単独の説明になります。


ディスチミア

ディスチミアは慢性気分障害のことであり、鬱病の範囲に入るものである。慢性鬱病の一つと考えられているが、大鬱病に比べて重篤性は低い。この障害は慢性的であり、長く続く病気である。

ディスチミアは軽度鬱病の一つのタイプである。ハーバード保健出版局は、「ギリシャ語であるディスチミアは『心の悪い状態』や『不機嫌』を意味している。臨床的鬱病の二つの根本形式の内の一つとして、それは通常大鬱病より少ないか軽い症状を持つが、より長く続く。」と述べている。ハーバード保健出版局は、「少なくともディスチミア患者の3/4は慢性的な身体疾患か、不安障害や薬物嗜癖またはアルコール依存症のような他の精神障害も持っている。」と言っている。プライマリケアジャーナルは「人口の約3%がディスチミアに罹っており重大な機能障害と関連している。」と述べている。ハーバード保健出版局は「ディスチミアの人々の家族の鬱病率はこの早発型障害の50%に当たる。」また「ディスチミアの人々のほとんどは自分が最初に鬱病になったのがいつなのか正確に言えない。」と言っている。

1.症状

ディスチミアは、大鬱病に特徴的な症状の多くを共有する、慢性(長く残る)型の鬱病である。しかしながら、これらの症状はどちらかというと軽い傾向にあるが、激しく変動する。診断されるには、右の症状の内2つ以上を、少なくとも2年間に亘ってそうでない日より多くまた日の殆どにおいて、大人が経験していなければならない。

・絶望感
・不眠または過眠
・集中力欠乏あるいは決断の困難
・低活力あるいは疲労
・低い自己評価
・乏しい食欲か過食
※これらの症状は『躁病、軽躁病、双極性障害に一般的に関連する混合エピソード』によるものを除く(もしこれらのエピソードを経験しているなら、気分循環症かもしれない)。

ディスチミアの人々は大鬱病に発展する可能性を平均よりかなり高く持っている。流動的症状の激しさは大鬱病の十全なエピソードを誘発しうる。よくあるような低調な気分の感じを伴って激しいエピソードがあるので、この状況は時々「二重鬱」と呼ばれる。

ディスチミアは慢性障害なので、もし仮に診断が存在するなら、そう診断されるまでしばしば何年にも亘って症状が経験されているかもしれない。結果として、彼らは鬱病が彼らの個性の一部だと信じる傾向がある。これは、それ以降、その症状に関して医師や家族や友達と話し合うことすらしない患者に通じるかもしれない。

ディスチミアは、大鬱病に似て、家族に及ぶ傾向がある。男性より女性の方が2~3倍よく起こる。幾らかの患者は慢性的なストレスの下にあると記述している。診断を受けた人を治療する際、彼らが普段から高いストレスの下にあるかどうか、あるいは、ディスチミアが標準的な環境で彼らに更なる心理的ストレスを与える原因になるかどうか、見分けるのがしばしば困難である。

2.診断基準

アメリカ精神医学界が出版する『精神障害の診断と統計の手引き(DSM)』は、気分変調障害(Dysthymic disorder)の特徴を明らかにしている。本質的な症状としては、少なくとも2年に亘り日の殆どで抑鬱を感じていることを必要とするが、大鬱病に必要とされる基準は除かれている。低活力、睡眠や食欲における障害、低い自己評価は同様に典型的に臨床像の一因となる。患者はしばしば診断以前多年に亘ってディスチミアを経験している。彼らの周囲の人々は患者が『単なる気分屋』だと信じるようになっている。以下の診断基準に留意してください。

①2年以上の期間の大部分で、またその一日の殆どにおいて、患者が抑鬱であると報告するか、他人に抑鬱であると見られている。
②抑鬱状態にある時二つ以上該当する。
 1.食欲の増減
 2.睡眠の増減
 3.疲労または低活力
 4.貧しい自己像
 5.集中力と決断力の減退
 6.絶望や悲観の感覚
 7.過度の筋肉痛、特に上背と足について
③この2年間で上記の症状が2ヶ月以上連続して不在ではないこと。
④このシンドロームの最初の2年間で、患者は大鬱病エピソードを持たない。
⑤躁病、軽躁病または混合エピソードを持っていない。
⑥気分循環性障害の診断基準を満たしていない。
⑦その障害がもっぱら(統合失調症や妄想性障害のような)慢性精神病の文脈において成立しているわけではない。
⑧症状が大方において一般身体疾患や処方薬を含む薬物使用に直接の原因を持たない。
⑨大鬱病とは対照的に、これらの症状は必ずしも臨床的に顕著な苦痛または、社会的、職業的、学術的、あるいは他の主要な機能分野においての障害を生じないかもしれない(APA, 2000)。ディスチミアに苦しむ人々は普通は日常生活(通常は確証をもたらすような下記の個別の日常作業による)にうまく対処する能力がある。
※幼児や思春期青年においては気分が過敏になり易いので、継続期間は、大人が診断のために2年を要するのとは異なって、少なくとも一年でなければならない。

3.治療

3.1薬物治療

大鬱病と違って、薬物治療はただ最後の手段であるべきだ。代わりに、患者がその性質を理解することでディスチミアへの対処法を学ぶといったようなことも含めて、精神療法に治療は主として基礎を置かれるべきである。

もし薬物治療が必要だと判断された場合、この障害に対して最も一般的に処方される抗鬱剤は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、これにはフルオキセチン(プロザック)、セルトラリン(ゾロフト)、バロキセチン(パキシル)、そしてシタロプラム(セレクサ)が挙げられる。SSRIは入手が簡単で古いタイプの抗鬱剤より比較的安全である。他に挙げられる新しい抗鬱剤は、ブプロピオン(ウェルバトリン)、ベンラファクシン(エフェクサー)、ミルタザピン(レメロン)、デュロキセチン(シンバルタ)、である。

しばしば違った二つの抗鬱剤が一緒に処方されたり、医師が抗鬱剤と組み合わせて気分安定剤や抗不安剤を処方するかもしれない。

3.2薬物の副作用

SSRIの幾つかの副作用としては、『性機能不全、むかつき...下痢、眠気や不眠、短期記憶の喪失、震え』がある。抗鬱剤は時々患者に効かない場合もある。そのような場合は古めの抗鬱剤、三環系抗鬱剤やMAOI、を試しうる。三環系抗鬱剤はより効果が強いが、悪効果も持っている。三環系抗鬱剤の副作用は、『体重増、口の渇き、視界不良、性機能不全、低血圧』である。

3.3精神療法

薬物療法と精神療法のコンビネーションが最高の改善をもたらす可能性があることは、幾つかの証拠が示している。その人にとって助けになる精神療法のタイプは、ストレスのたまる出来事の性質、家族やその他社会的な支援の利用可能性、個人的な好き嫌いなど、多数の要因に依拠する。セラピーは鬱病に関する教育を含む。サポートは必要不可欠だ。認知行動療法は分析し、誤った自己批判的な思考パターンを是正し、気分障害者が一般に経験する認識のゆがみを正すのを助けるよう設計されている。精神力動的、内省重視あるいは人間関係の精神療法は、重要な人間関係内での対立を整理し、症状の背後の歴史の探索に役立ちうる。

(Translated from the article "Dysthymia" on Wikipedia)

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 英語版Wikipediaの"Splitting(psychology)"の項目の和訳です。今のところ日本語版Wikipediaには当該項目はありません。目次と参照は割愛。Splittingという単語は「分裂」等と訳される場合もあるようですが、いかにも多義的な日常語なので使用せず、そのままカタカナ表記しました。


スプリッティング

スプリッティングは、純粋に極端に思考することとして説明されうる。例えば、善と悪、強力であることと無防備、等々。スプリッティングは発達段階の一つとして及び防衛機制の一つとして理解されている。

スプリッティングはピエール・ジャネによって初めて叙述された。彼はこの用語をその著書『心理自動現象』の中で新作した。ジグムント・フロイトもまたこの着想を説明しようと努力したが、後に娘のアンナ・フロイトによってより明確に定義づけられた。

1.発達段階としてのスプリッティング

1.1メラニー・クライン

彼女の対象関係論において、メラニークラインは子供は二つの原初的欲動を携えて生まれると述べた。つまり愛と憎しみである。すべての人類は人生を通じて両方の欲動を建設的な社会関係に統合すべく悪戦苦闘するが、幼児期の発達における一つの重要なステップはこれら二つの欲動に対する緩やかな脱二極化である。クラインによれば、このステップは妄想-分裂ポジションと呼ばれている。
〔訳註:妄想-分裂ポジションはむしろ分化を示す段階なので少しおかしい箇所かもしれません。ここの表現は以後の版で是正されてます。〕

スプリッティングは子供が好むもの(善、満足を与える対象)と憎むもの(悪、フラストレーションの対象)の区分けを言い表している。クラインはこれらを「よい乳房と悪い乳房」と呼んでいる。それらの乳房は一人の母親に帰属しているのだから実際には統合されているのにもかかわらず、子供は、乳房を単に異なる別々のものとしてでなく、反対物として見る。子供が対象が同時に善と悪になり得ることを学ぶ時、彼または彼女は次の段階である抑鬱ポジションに進むことになる。

1.2オットー・カーンバーグ

オットー・カーンバーグの発達モデルにおいては、スプリッティングの克服は同様に発達上の重要な課題だ。子供は愛と憎しみの感情を統合することを学ばねばならない。カーンバーグはスプリッティングに関して子供の発達段階を三つの違った段階に区別した。

第一段階:子供が自己と対象を経験せず、異なった実体としての善悪も経験しない。
第二段階:善と悪は異なって見られている。なぜなら自己とそれ以外の間の境界線がすでに安定してあり、他者はその行為によってすべて善かすべて悪として見られる。これは、他者を悪として考えることが自己をも悪であると含意することを意味する。だから保護者は、自己もまた善と見なされるのだから、善と捉えた方がよい。
第三段階:スプリッティングは消滅し、自己と他者は善と悪の両方の性質を持つとして見なされうる。他者に対して憎悪に満ちた考えを持つことは、自己がすべて憎むべきものであることを意味しないし、他者がすべて憎むべきものであることをも意味しない。

2.防衛機制としてのスプリッティング

もしこの発達上の課題を完遂できなかった場合、境界性の病理が発達しうる。境界性人格障害は自己と他者双方の善悪のイメージを統合できない。カーンバーグは、境界性人格障害に苦しむ人々は「悪しき表象」が「善き表象」を圧倒しているのだとも述べている。これは、人間関係の親和的側面である優しさと相容れない、邪悪さや暴力の性質の内において愛や性欲を経験させる。これらの人々は、自己と他者の境界が確固としないため、親しい関係の内に溶け込んだ激しい不安に苦しんでいる。自他間の優しさに満ちた瞬間は、他者の内に自己が消失することを意味する。これは激しい不安を誘発する。この不安に打ち克つため、他者は極悪人に仕立て上げられる。他者に不安の責任が負わされるので、そうなり得る。しかしながら、もし他者が悪人に見られているならば、自己もまた悪たらざるを得ない。自己を全面的な悪と見ることは耐え難いので、反対へ切り替えられる。自己が善なら他者もまた善だ。もし他者が全面的な善で自己も全面的な善なら、どこに自己が始まり終わるというのか?激しい不安が結果なのであり、この循環はそれ自体反復する。

自己愛性人格障害を診断される人々もまた主要な防衛機制としてスプリッティングを使う。彼らはこれを自己評価の保持のために使う。自己を純粋な善、他者を純粋な悪と見ることによってこれを行う。スプリッティングの使用は、価値引き下げや理想化や否定といった、他の防衛機制の使用を暗示する。

スプリッティングは、彼または彼女が欲求を満足させるかあるいは頓挫させるかによって、一人の人を時を異にして全面的な善とも全面的な悪とも見なしうるので、人間関係の不安定をもたらす。これ(および類似の自己の経験の揺らぎ)は混沌とした不安定な人間関係パターン、同一性拡散や気分変動につながる。結局、セラピストもまたスプリッティングの犠牲となり得るのであって、治療過程はこれらの揺らぎに非常に妨げられうる。治療結果への負の影響を踏み越えるために、セラピストによる不断の解釈が必要とされる

(Translated from the article "Splitting (psychology)" on Wikipedia)

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 日本語版のWikipediaに「投影性同一視」の項目がなかったので、Wikipedia英語版の当該項目の記事を本文のみざっと訳出してみました。「投影性同一視」は対象関係論のみならず現代的な人格障害の説明においても重要な概念だと思われます。Wikipediaはリンク元を示せば記事利用に関してはわりと鷹揚な態度をとっているところみたいなので著作権的には恐らく大丈夫のはず。本来クラインによると早期の母子関係に投影性同一視の起源があるわけですが、それについてはあまり述べられていません。投影同一化とも。

※2011/4/15付けで最新版を訳し直しました。


投影性同一視

投影性同一視(PI)は、精神分析理論における対象関係学派のメラニー・クラインによって1946年に初めて紹介された用語である。それは「精神力動研究においてますます多く言及され」ており、特に「Bに帰属するのにBがアクセス出来ない感情を、代わりにAの内部に(単に外的にでなく)『投影』することで、Aが経験する」[1]状況に対して言及される概念である。

投影性同一視は、したがって、人が自我の防衛機制である投影に関与する場合の心理作用を示しているのだが、それは彼らの投影対象に対する振る舞いが、投影される思考や感情または行動を、件の人物の内部に精確に呼び起こすような方法による。

投影性同一視は、他者に関して虚偽を信じる人物が、その信念を実現すべく相手が行動を変更するように関係を持つところの、自己成就的予言である点において、単純な投影とは違う。相手は投影に影響されてあたかも彼あるいは彼女が事実実際に投影された考えや信念によって特徴付けられているかのように振る舞い始める。議論のあるところではあるが、これは一般に両当事者の自覚の外で起こる。

1.行動における投影性同一視

投影性同一視のひとつの例は、警察に迫害されているという妄想を発展させている妄想型統合失調症者のそれである。すなわち警察に怯える彼は警察官の周囲でコソコソまた不安気に行動し始めるが、それによって警官の嫌疑が増大し、彼を捕まえる理由が何かないかと探し始めることになる。

もっとも頻繁に投影されるのは、投影する人物が受け入れることができない(すなわち「私は間違った行動をしてしまった」や「私は~に対して性的感情を持っている」)ところの自身に関する、我慢出来ない、苦痛に満ちた、また危険な考えや信念である。あるいはそれは、同様に投影者には知ることが難しいような価値や評価のある考えかもしれない。投影性同一視は ごく早期のまたは原初的な心理作用であると見られていて、より原初的な防衛機制のひとつであると理解されている。けれども同様に、共感や洞察のようなより成熟した心理作用の基盤であるとも考えられている。

その著書「精神分析的診断」において、ナンシー・マクウィリアムズは、投影性同一視は投影(自らの感情や思考や動機を他人になすりつける)と摂取(他人の感情や動機や思考を取り込む)の要素を合成していると指摘している。投影性同一視は、ある意味、投影現実を作り出すことによって自己の投影を有効化している。

この防衛の利点とはこういう事である。投影される経験を他者の内に惹起することによって、人は投影内容が自己の経験の一部であるという現実をより回避できるのだ。例えば、セラピストに対して受け入れがたい性的感情を持つ精神療法患者は非常に誘惑的な態度で振舞うかもしれない。一旦セラピストが魅了され始めると、魅力に背くセラピスト側のあらゆる振る舞いは、患者がセラピストの感情や態度に焦点を絞るための手助けになるだろう。これは患者が彼あるいは彼女自身の性的衝動に注意を向けることを防ぎ止め、従ってそれらを自覚の外に追い出すであろう。

似たような防衛機能は、一方のパートナーが他方の投影された相貌を携えていて、「投影性同一視を通し関係の中で感情労働の分業が存在していた」[2]環境のように、日常のコミュニケーションで見られるかもしれない。その成り行きは「投影性同一視はしばしば傷ついたカップルの主要な苦悩である。各々は、相手の最も理想的な、恐ろしい、また原初的な相貌を双方の狂気を駆り立てるようなやり方で演ずる」[3]となる。 

2.精神療法における投影性同一視

また一方、転移・逆転移と同様に、投影性同一視は個人間の混乱の起源としてだけではなく、治療上の理解への潜在的キーとしても機能しうる。事実として精神力動的な研究では年月を経て次第に広範に認められるようになってきている。

従って例えば交流分析では、投影性同一視は「ある人の『大人』が閉鎖される時に催眠導入力を持つ」と見られうるが、投影者の筋書きによるドラマに受容者を引き入れることで、同じプロセスが等しく「もしセラピストの『大人』が損なわれてないならば非常に有用な情報を提供する」[4]
〔訳註:唐突に『大人』が出てくるが、交流分析で設定される3種の自我状態(親・大人・子供)のひとつで、客観視を旨とする状態。『大人』の閉鎖とは『子供』と『親』からブロックされた状態に陥ること。〕 

対象関係論でも同様に、投影性同一視が「感情的コミュニケーションの一形式として使われている」[5]ように見えるので、「投影性同一視は処理できない感情を無意識に取り除こうとするかもしれないが、感情を手助けする働きもする」ということを受け入れるようになった[6]。結果として、「患者自身の望まぬ相貌、著しくネガティヴな相貌の相当長い期間にわたる投影性同一視の容認と閉じ込め」[7]に対するセラピストの受容能力は有価値で本質的な治療資源であると考えられている。

3.さらなる展開と問題点

クライン初期の定式化にある深みの幾分かは、おそらくは必ずしもぴったり相応の形式でないとしても、後にコンセプトが発展させられた様式の多様さの中に見られうる。(『同一視について』(1955)内においてだが、クラインは別のありうべき投影性同一視の型をほのめかしている。つまり、目的が他の(通常は目上の)対象の身体に「居住すること」で幻想を代理的に実現しようとすることである場合)。

クライン派のW.R.ビオンは初期に通常の投影性同一視と「病的な投影性同一視....投影される部分が微細な諸断片へとバラバラに分解されたり、これら対象の内に投影される微細な諸断片がそれであるような」[8]の重要な区別を創出した。

「捕捉型投影性同一視...彼らがナポレオンであると信ずるような人の場合」が一方で、もう一方に「帰属型投影性同一視...(誰かに)取り込ませる、またある意味でその投影に『なる』」[9]を置く、別の区別も創出された。
〔訳註:acquisitiveを捕捉型、attributiveを帰属型としています。〕

さらにローゼンフェルドは3種の投影性同一視を識別した。彼は「コミュニケーションに対して使われる投影性同一視と自己の望ましくない部分を取り除くために使われる投影性同一視を区別した。彼は以下の第三番目の使用を加える...分析者の心身をコントロールしようとする(した)場合。[10]」オグデンにおいては四要素の区分を作る。つまり、「投影性同一視とは...同時に、防衛のひとつの型であり、コミュニケーションのひとつの様式であり、対象関係の原初的形式であり、心理的変容のひとつの経路である」[11]

上記定式化のほとんどは、相反しているというより、重複的あるいは補完的に見えるだろう。しかしながら、外部対象への投影性同一視に関してと「自己自身の心の諸部分への投影性同一視」[12]に関しての両方について考える人々と、そうしない人々の間に、より幅の広いまたおそらく相容れない裂け目があるように見える。「ここにおける核心問題は、実在する、投影の影響下にある外的他者が、この概念の本質的要素であるかどうかなのだ。英国のクライン派はNOと答え、アメリカの解釈者達はYESと答える」[13]

(Translated from the article "Projective identification" on Wikipedia at 15 April 2011)

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