身辺雑記のブログ記事

菅大臣天満宮.jpg 菅大臣天満宮とも表記されていた。通りかかったのは12日。少しだけ中を覗いてきたが、奥の拝殿脇に飛梅があり、天満宮には付き物の牛の石像もあった。
 現総理大臣の祖先とも言われる菅原氏は、天皇の葬儀を司った土師氏の末裔のひとつで、さらに源を辿ると天穂日命からということになっているようだ。土師氏は、それまでの天皇薨去時の人身御供をやめさせ埴輪での代用を指示した人物からその氏を発している。
 道真はいうまでもなく遣唐使の廃止を実現した人物。
 同様に政の大転換を菅直人氏が担えるかどうかについてはまだ心許ない。

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日本国憲法-全文-朗読CD『日本国憲法-全文-朗読CD』 朗読:佐藤慶

 1月の終わり頃当該朗読CDを京都市図書館のサイトから予約した時に、少しトラブルみたいなものがあったわけだが、なんとか今日借りてくることが出来た。中身のCDやライナー・ノートは新品なのだが、ケースやケースに図書館が貼り付けているバーコード等のシール類は古いものが使い回されているようだ。予約日は2月19日になっていたのでその頃に再購入されたのだろうけれど、図書館サイトの予約ページに表示が出現したのはずっと後。
 借りて帰ってすぐにiTunesにインポートしたのだが、5分程度ですべてMP3化できてしまった。元のCDはそれでもう御役御免なのであって、明日にも返却。
 朗読は俳優の佐藤慶がやっていて特に不服は無いのだが、なぜか全体にかなり音声レベルが低くてパソコンで再生だとボリュームを最大にしてようやく丁度位。

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 市指定の大型ゴミ回収用の有料チケット(400円)をそれぞれ一枚ずつ貼って、古いガスファンヒーターとオーブンレンジを回収前日の昨日の夕方に出しておいたのだが、今朝早く見てみるとオーブンレンジの方が無くなっていた。誰かが持っていったと思われるが、ボタンがほとんど利かなくなっていたはずなのに何に使うのか。
 ぎりぎりで忘れぬようにとやや時間の余裕を持って出しておいたのがまずかった。
 品目が申し込みより少なくても回収はしてくれると思うが、仮にすべて誰かに持ち去られて何一つなくなってしまったような場合、回収の申し込み自体がいたずらだと思われるかも知れず、本当に気を付けねばならない(一応出した直後の写真は撮ってあるが証明になるかどうか)。
 盗難届を出すほどでもないだろうが、これで例えば数日後に、そのまま「元の場所に戻され」てたりすると嫌だなあ。

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 日本国憲法の朗読CDを図書館で予約したら、数日後に電話が架かってきて、前の利用者の返却が不能になった旨伝えられる。それで、図書館として同じものを新たに買い直すことになったそう。私の予約は元の対象物がないのでそれとしては破棄されるが、新しく用意される同一資料に優先的に付け替えて存続させる形になるので心配は無用とのこと。ただし、当該資料が実際にいつ再購入されるかはまだ未定なので、日程的なことに関しては何ら明言できない由。
 恐らく待っていればいつの日か確保メールが来るということなのだろうが、何だかとりとめのない感じもあり、殊更に長引いた場合に予約したこと自体を忘れてしまわぬよう、以上覚え書き。


 去年末以来、人文系やメンタルヘルス系の書籍をまったく読んでおらず、やや珍しい。内的にある種の踊り場にさしかかっている感じなのかもしれない。
 以前のエントリーで紹介した『今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム』はすでに二回の会合が開かれており中継動画や議事録等が公開されている。第一回会合の動画はGetASFStreamでローカルに保存し二度ほど見返したのだが、その中でやや印象的な発言者だった郷原信郎氏の新書を二冊読んだ。放送行政に言及した箇所はそう多くはなかったが、不二家のチョコ再利用を巡るTBSのやらせ報道問題でBPOが十全に機能しなかった等の記述がなされていた。BPOは放送業界の自主規制団体なのであり、身内の不正を精力的に追及するモチーベーションなど予め大してあるとは思えないわけだけれど、具体的事例として興味深く読んだ。

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 今日四条大宮地下鉄駅上の本屋(ブックファースト)に寄ったのだが、フロアの奥の方で幾分棚に隠れるようにしながら携帯電話で話し続ける一人の中年男性を見かけた。地味な背広とハーフ・コートで散髪したてのような感じのその人物は、少なくとも私が単行本やら雑誌やらを立ち読み店を出るまでの15分位の間は、周囲の迷惑を顧みて声を潜めたりすることも特になく電話の相手と駄弁を弄し続けたのだけれど、その話の内容がなぜかずっと汲み取り式便所とトイレットペーパーに関してだった。眼前の人々の、台や棚から本を取るために腰をかがめる動作や、本のページ(=紙)をめくる仕草が、彼の想念に何らかの影響を与えているのではないかと疑うことは、おそらく考えすぎというものであるのだろう。
 師走であわただしいせいなのか、このところ意味の断片のような心地の悪い遭遇が他にもあった。

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 風邪の初期症状のような感じが半月ほど続いて、それでも連日PCモニタを睨んでいたら眼が疲労したまま戻らなくなってしまった。
 眼の下のクマはジャガイモの薄切りを当該部分に張り付けると10分位で取れる(カリウムの作用だか、だいぶ前に何かのTV番組から教わった)わけだが、疲労状態それ自体が無くなるわけではなく、一時的な近視の進行やピント合わせの遅延などがあって不便この上ない。ひっきりなしに眼薬を差すものの、効果は逓減でそのうち差しても効かなくなるので埒があかない。ビタミンA・B剤やカシスの錠剤など内服系に関してはそれなりの改善は実感できるのだが全快からはかなり距離がある感じ。磁気ネックレスもしてみた。
 強烈な眼精疲労であり、医者に行っても良かったのだが、色々試行錯誤していると、マッサージにおいて上瞼や眉間やこめかみを刺激するよりもクマの出来る部分を直接にマッサージした方がよほど効果的であることに気付いた。クマの出来る部分は血管が細くて酸化したドロドロの血液が滞っているため黒ずむらしいが、つまりは症状の要点の一が血流にあるということに立ち返らざるを得ない。そこで、眼の下の小さな領域だけを刺激するのではなく、頭部の血流をもっと全体的かつ持続的に促す方法が何か無いかと考えたところ、思い付いたのが「咀嚼」である。
 ガムなぞ一体何年ぶりに口にするのか分からないほどだが、昨日からロッテのキシリトールガムを買い込み噛みまくっていたところ、ドンピシャ肯綮にあたってしまった。今日の午後に症状が全消失!いやあ、めでたい。しかし長かった。風邪っぽいのが治った後のタイミングだしその他色々な方法を試したこともあり、ガムがひとりそこまで圧倒的な救済者であったかどうかは微妙だけれど、体感として非常に革命的であったことに変わりはない。
 ありがとうガム。
 これからは時々噛むことにしよう。

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The Gate Of Kitano Tenmangu Shrine.jpg 流れ木と白波と焼く塩といづれかからきわたつみの底

 新古今和歌集第十八巻に収められている道真の短歌らしい。寄り道して出くわしたのだが、かなりネガティヴな内容の歌で、こちらとしては鬱病の本を読んだ後ということもあり、何とも暗澹たる気分に...。

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長刀鉾.jpg凾谷鉾.jpg
 今日、新町御池の交差点で祇園祭の山鉾巡行を15分程度見物した。なかなかターン(辻廻し)できなかった先頭の長刀鉾(左の写真)を見送って、幾つか山を過ごし、凾谷鉾(右の写真)が来るまで見ていた。空は薄曇りで微妙にぽつぽつ来ており、そのためか人出がさほどではなかったような気がするのだが、毎年見ているわけではないので正確には分からない。
 山鉾は、前輪・後輪とも車輪と車軸が固定的に一体となっていて操舵機能がなく、台車の構造にも似てそのままではうまく曲がることができない。そこで、割った竹を地面に敷きその上に水を撒いて滑らせるように方向転換させる。つまりは力ずくで無理矢理回転させるのであって、その様子がある種の見せ場ともなっているのだが、メカニズムとして劣後していると言えば言える。白人の見物客もわりといるのだが微妙な反応であるような気もする。私も最初に辻廻しを見た時はなんでわざわざこんな不効率なことをやっているのかと思ったものだが、それ自体に歴史的価値を認めてのことなのだろうと一応今は納得している。
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090520.jpg
nohara_receipt.jpg
 メガネの耳当て(モダンあるいはテンプルカバーとも言うらしい)の交換を北野白梅町イズミヤ四階の「メガネのノハラ」でやってきた。店のホームページには料金が書いてなかったが税込で1575円だった。
 交換してもらったのはガラスレンズ仕様のかなり古いメガネで、4本持っている内の一つ。ガラスはプラスチックよりも透明度が高く殆ど経年劣化もしないので、やや時代遅れでも出来れば捨てずに使い続けたいと思い、腐食した感じになっていた耳当てを交換することにしたのだ(鼻パッドは既に交換済)。
 20分ほど待たされて出来上がったものを一旦受け取ったわけだが、取り替え部分を触ると妙にぶよぶよする感じで「あれ、ちょっと変だ」と思ったのもつかの間、そのまま洗浄してもらい料金を支払って店を出てきてしまった。しかし、帰り途にまじまじと眺め調べてみるとかなりの出来映えであることに気付いた。まず新しく付けられた耳当てが「回転」する。つまり安いゴムキャップをただすっぽり被せたごとく、内部で接着・固定等されていないためツルを軸として簡単に回転しうるのである。おそらく引っ張ればそのまま取れる。更に強烈なのは耳当て近くの塗装が一センチほども剥げて内部の金属肌が露出してしまっていたことだ。こんな傷は最前までまったく無かった。左右とも内側の似たような部分が剥げてしまっているのだが大幅にひどい方の右側の写真をアップする。元からの耳当ては新しく装着されたものよりも少し短いので温め溶かして取り外す際の摩擦でこうなったとも考えにくく、恐らく作業の必要上メガネを固定するために何かでこの箇所に一定の力を加えて挟んだたために剥げたのだと思える。左と右で剥げ方が明らかに違うのは、初めの作業で右が大幅に剥げてしまったのでそれを教訓としてもう一方に対して幾らかの善処をしたのでやや剥げ方が弱くなったものとも思われる。
 なんだこりゃ、とがっかりしたような呆れたような気持ちにならざるを得なかったわけだが、しかし百聞は一見に如かず。塗装の剥げはただ作業者の技術が未熟だったから起こったのだとしても、「耳当ての交換」てこんなことだったのね。少なくとも樹脂かプラスチックのようなものできちんと固めてくれるのかと思っていた。
 正直、今日はあまり体調が勝れなかったのだが、押して普段は遠くてめったに行かない北野白梅町のイズミヤまで行き、とにかく1575円および塗装剥落と引き替えにぶよぶよの耳当てを手に入れ、これ自体よく分からない社会勉強みたいなことで帰ってきた。
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 こちらの思い過ごしではないと信ずるわけだが、マンションのオーナー家族の、父親と息子が住人に対して異常に挑戦的で横柄なのだ。両者ともエラの張った小男であるのだが、たまにこちらが会釈するとなぜかその場で「そっくりかえる」。ほとんど滑稽感すら漂うわけだが、何を思ってそうしてるのか分からない。ネット情報によると朝鮮系の人に多いとされる苗字の一つではあるみたいなのだが、無論その程度で何かを断定するわけにはいかないとしても、朝鮮系の人々は常に上下の感覚に基づいて行動し「対等」概念が希薄だと聞いたことがあるにはあるわけだが...。
 少なくとも通常ではない。要警戒だ。

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