身辺雑記のブログ記事

 調子がよろしくないわけだが、あんまのみたくないパブロンをのんで今は多少はましである。風邪自体はそんなひどいわけでもない感じなので体調不良に風邪が重なっている感じかもしれない。

 愛着のみならず、思考停止を促すような情動にたぶん「無限」は紛れ込んでいる。私は無限の感覚を否定したいわけではないのだが、それを相対化できれば様々な感情のくびきから幾分か自由になれるのではないかと思ったりしているのである。なんのこっちゃ。

 遠山啓によれば(数学的)無限は計数によっていくつも種類がありえて、計数自体も無限なのだそうだ。無限そのものの性質はいいんだけれど、私が知りたいのは無限の無根拠性みたいなことなのである。ゲーデルとかそっち方面なんだろうか。いずれにせよ、ハードルが高すぎる感。ブルーバックスのゲーデル不完全性定理の本ですでに無理めだったのであり、いつだかネットの何処かに不完全性定理証明の抜粋みたいのを見つけてまったくわからなかった記憶。もちろんこういうことが証明されています的な日常言語による説明を信じないわけではないんだけど、そういうのをただ教条として記憶するだけではあんまり広がりが得られない。
 自らの無力にいらだってもしょうがないなぁ。

 いわゆる龍樹の生成否定って少なくとも反無限なんだろうか?

 昨日おとといと、別ドメインの自作サイトのネット広告のあがりが500円/日超えて、やはり3月下旬はいいのかもしれない。通年での瞬間最大風速は700円台位だったと思うのでいちおう最近のが最高到達点というわけではない。コンスタントに1日千円超えたりするとモチベーションも俄然変わるんだけど、一年の内で最もあがりのいいとされる時期にこの程度では相当遠いかも。


追記:
 『無限と連続』は群論に入る辺りから難解になってど素人の私にはついていけなくなってしまったけど、奇数を1から順番に足してゆくとその値が足した数の個数の二乗になるという命題(証明されている)がちょっとおもしろかった。
 たとえば、
1+3=2^2=4
1+3+5=3^2=9
1+3+5+7=4^2=16
1+3+5+7+9=5^2=25
1+3+5+7+9+11=6^2=36
...
1+3+5+7+9+11+13+15+17+19+21+23+25+27+29+31=16^2=256
...
という具合。
 うーむ、知りませんでした。

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 NHK『実践ビジネス英語』のKindle版テキストが4月号からクラウドリーダーで読めなくなった感じで、Amazon.com側にのみ合わせていたKindle for PCをAmazon.co.jp側にも融通しなければならなくなり、両パスワードの再入力の煩雑さを避けるため、Kindle日米アカウントの統合を決意した。


※まだよくわかってないが、とりあえず今の時点で気付いたこと。

・日本側でもKindleコンテンツを購入していたためAmazon.co.jpのカスタマーサービスから統合を申し込まねばならなかったが、申し込んでから30分程度で処理完了のメールが来た。きわめて迅速な対応。

・統合後はアプリ系のリーダーの端末登録を一旦削除して再登録しなければならない。

・Amazon.comで購入した雑誌などの定期刊行物は統合後に利用できなくなることになっているが、1issue買いの場合は大丈夫っぽい。少なくとも私のAndroid端末ではすでにダウンロードしてある分は普通に読めている。

Amazon.com側のクラウドリーダーからでもAmazon.co.jpで買ったKindleコンテンツにアクセスできる。

・もっと早く統合しとけばよかった!

追記(2015/03/20):
現在Kindle for PCのバージョンが1.11.240666(デジタル署名では3月10日に発行されたようだ)になっていて、書籍によってメモが表示されない不具合が解消されたようだ。それは大変結構なんだけど、今度は(以前もあったと思うのだが)ウインドウの大きさを記憶しなかったり、他のプログラムのウインドウからフォーカス切り替えなどのためにKindleのタイトルバーをシングルクリックするとなぜか全画面表示になってしまう不具合が、復活している気がする。Kindle for PCの挙動不審については何度も書いている気がするけど、なんなのでしょう?

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 借りた本の表紙を拭いてないことに気づいたのだが、久しぶりに府立図書館に行ったこと自体が自分に対する『ためし行動』だったかもしれないなどと思いついた。カップ麺の異物混入事件からの流れで、汚れやすい図書館の本がそれと隠喩的につながっていたような気がした??
 いずれにせよ、強迫的な感じはすっかり薄らいでしまった。本の表紙は結局あとにアルコールで拭いたけれど。

 一昨年に出版されたDSM5でアスペルガー症候群が廃止されたことについて、『自閉症の脳を読み解く』のテンプル・グランディンが疑義を表明していて、賛意を表したい気持ちになった。色々事情があるのかもしれないが、現に判断基準を曖昧化したのだから、素人目にもある種の退行に見える。著者自身が自閉症で科学者である。

 『境界性パーソナリティ障害と離人症』はゴツゴツした生々しい現場の本という感じで、患者から夜な夜な掛かってくる自殺の脅迫電話や、なし崩しに外出許可や制限薬物を得ようとする執拗な要求、直接的な暴力など、精神科医という職業の大変さを推察させる。
 BPDと離人症は著者が言うほど強い結びつきを持たないような印象を私はこれを読んだあとも持っているが(離人症は極めて広範囲に起こる症状であんまり偏って考えないほうがいいのではないか)、著者自身が離人症の経験あるいは傾向を持っているらしく、情報が凝縮されかなり簡潔にかつわかりやすく要点がまとまっていてそこは貴重な感じだった。何年か前に私がえっちらおっちら読んでいた『Feeling Unreal』の内容とも大部分において整合する感じだった。
 親を責めたり自己評価が低くなりがちなBPDへの「あなたにとってあなたはかけがいのない自己であり、あなたにとってあなたの代わりは他にいません。それはすばらしい自分であり、自分が過去にしてきた行為や、他人の評価で代わるものではありません。もちろんこの考えをあなたは拒否する自由があります。」の対話パターンが印象深かった。ただ励ましているというだけではなく、特に最後の一文が重要であると思えた。彼らを低い自己評価に縛り付けているのは、そのような(自己肯定の拒絶をもたらす)感情を親と共有して手放さないところの、彼ら自身という部分があるのだと思う。そしてそれは手放すことを決断できる何かだと著者は言いたいのだ。

 『いじめの社会理論』は読み進めるほどにさらになんだかよくわからなくなっていって、壮大なる生煮えみたいな印象。
 社会心理学系の本は(本書もそうだと思うのだが)たいてい話が大きくなりすぎて非科学的になりがちな印象がある。臨床心理学系もある意味ではすでに非科学的なので、その上にあれもこれも高次の条件を加えてゆくような感じで輪を描いて独断的になりやすい。ただ、誰かがそういう次元を乗り越えられるわけでもないので、もともとある程度我慢して読むものであろうけども。
 著者が言うように、赤の他人であるのに、同質的であることや家族的であることが過剰に求められる面が日本社会にはあるのかもしれない。そして、そこからある種のアレルギーのようなものが発生する余地が生まれるとされるが、著者はネズミやハトの過密飼育を引き合いに出したりして(P33)、類例として多少違和感を持った。
 共同体というのは何であれ何か同質性があるから共同体なのだ。そこに強いストレスがかかれば排除の論理はたいていは発動する。日本的な排除と欧米的な排除の性質の違いに対する理解と、排除そのものの起源に対する理解がある程度混同されているような印象を持たないではない。いちおういじめは必ずしも日本特有のものではないと述べられてはいるのだが、やや錯綜している。
 自己愛憤怒は誰にでも起こる現象で、いじめの場面にのみ特定されるような何かではない。投影同一化も同様でもともと乳児期の分析に含まれる概念のはずで、いずれも著者の説明がぼんやりした印象を与える所以である。あとコフートの自己愛憤怒を紹介しながら、後半に突如わけもなくそれを「全能感憤怒」と独自に言い換えるのだが、不適切かつ無意味な言い換えだ。
 あと本書はいじめを主題としながら、行為障害(サイコパスの子供時代)を含める特異な要素に言及しておらず、いじめをのっぺらぼうの一般論としてひとまとめに捉えようとする傾向を持っているように感じた。たとえば加害者集団の牽引役がたまたまそのような子であった場合に、やすやすと倫理的障壁を取り除き、集団が暴徒化するきっかけを与える確率を高めると思う。人格障害の一部の概念でいじめのような複雑な心理現象を切り分けるのではなく、もっと発達論的な視点から見たほうが思春期周辺のいじめを比較的よく説明したのかもしれない。

 笠原嘉『境界例研究の50年』は2012年に書かれた最後のまとめのような一稿を除いて、境界例に関する1970~1980年代の古い論文ばかりが並べられている。
 今や時代遅れの概念であるとも思われる「境界例」は非典型症状の集積所だった。現在いくつかの人格障害に収斂されるものだけではない、名状しがたいような症例も多く含んでいた。あえて言えば不完全な精神病や分類不能の神経症の集まりだったのだろうが、本書は後世その何割かが回収される人格障害の各カテゴリにすら当てはまらないような事例を(おそらくはあえて)強調していて、そうだ境界例とはもっと得体のしれない概念だったのだ、と少し居住まいを正すような気持ちにさせられた。小器用なカテゴライズからこぼれ落ちるわけのわからない症例に光を当て直すような著者の姿勢が誠実に思えた。
 たとえば、1970年代の論文の中で、不安感、無力感、離人感、強迫症状を持ち、家庭内暴力にその他素行不良で、さらに容貌に対する劣等感から隆鼻整形したという「境界例」男性のケース。精神科入院によりきわめて顕著に諸症状が改善しはしたのだが、それがなぜなのか医師にも不可解なほどの変化。しかも改善は一時的なものではなく、まっとうな社会人としてその後何事も無くやって行っているという。笠原は自らの治療行為がどの程度寄与したのか疑い、当初の診断に問題があったかもしれない旨述べている。むろん、では明確になんだったのかについて言及するには至っていない。


 NHKの語学関連テキストのKindle版がKindle Cloud Readerでも利用できるんだけど、どのくらい周知されてるか。日本語一般書籍はまだダメみたいだけど、なぜか雑誌類は利用OKなのがかなりある。パソコンの大画面で見られて相当便利。

 ナルシシストはしょうもないことに過剰な自負心を抱いている場合が多いので、同質的な他者が自分と同様の満足を持ちあわせていないと土台が崩れて体面が汚されたように感ずる。他者の謙虚さがナルシシストの反感を買ってしまうメカニズムであるが、これも「自己愛憤怒」生成のバリエーション。気づきにくいってほどじゃないが。

 本を返却しに府立図書館に行ったらちょうど近場の疏水を浚渫していた。浚渫用のショベルカーが水面の中央に浸っていて不思議な感じだった。

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CIMG1912.jpg 12日に二年ぶりくらいに府立図書館に行って何冊か借りてきたのだが(係の人に住所が変わっていないか訊かれてしまった)、今日は18日なのにまだ一冊目の途中でのろのろしている。読書の時間そのものがあまり取れなかったのと、最初に読み始めた目当ての『いじめの社会理論』がかなり微妙な感じで詰まっているからなのだけど、面白くないわけではまったくない。コフートの名前および彼の「自己愛憤怒」概念が頻繁に出てきて、それを応用するような形で筆者独自のいじめ理論が展開されている。
 しかし、それが相当微妙。
 他の本はせっかく府立図書館に行ったのでなんか借りようとひっつかんだ棚の近場にあったやつで、パラパラめくってみた感じではそんなに時間がかからないとは思うのだが、とにかく返却日が27日なので頑張って読まねば。
 ちょっと今から力入れるつもり。

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 サイト直してたらまぶた痙攣。久びさに眼精疲労なり。
 やろうとしたことはほぼ出来てるが、ひと晩様子見して明日仕上げてバージョン番号上げる。
 しっかし、今日はこんな予定ではなかったのになぁ。

 インスタント麺フォビアはたぶんもう大丈夫。UFO以降はもう一回しか食べてないけど、あえて食べないってだけで、あらかた強迫的な感じがなくなったのが自分でわかる。
 強迫的になってきたら、リラックスしてできるだけ視野を広く、できれば巨視的なくらいに。まあそこまで極端なもんじゃないんだけど、ややストレスが重なっていたかも。まだちょっと不安定だが。

 一休みしてもうひと頑張りせねば。正月ボケってわけでもないけど、なんか心身なまってる。
 お湯沸かして、グリルでお餅焼いてる。さっき用意してたらなんかの拍子に指切って少し出血。ほんと不調っぽい。なんなのか。

 うむ。

 弱者が陥りがちかもしれない過剰な健全さへのあこがれといえばニーチェなどが思い出されるが、ニーチェの思想はヒトラーに影響を与えたとも言われる。
 こないだ掲示板2ちゃんねるの新管理人(?)であるらしい人物のツイートで紹介されていた、ネオナチに関連する優生思想を信奉する人物のエッセイが目に留まって、ある意味で典型的な事例だと思った。
 自己嫌悪の反動としての優生思想は、それ自体が健全ではない情熱を含まざるをえないかもしれない。もともとそんなに綺麗さっぱり行かないのがこの世界のありのままなのではないか。

 ツイッターのアカウント作ってからそれなりに時間が経つけど、私はほとんどツイートしたことがない。フォローもあんまりしていない(確かめたら28件で大半はニュースメディア)。
 受け身型のツイッター利用者はどうしてもリスト中心になると思う。ツイッター・クライアントで各リストをノートPCの画面いっぱいに並べて放置っていうのが私のパターン。なのではあるが、最近飽きつつある。そろそろまたメンバー入れ替えの時期かなぁ。
 今調べたらローマ法王のアカウントがあったようだ。フォロワー数がすごいけど真正のアカウントでご本人がツイートしているのであろうか?ネットはその表現が本人のものであることを証明することにこそコストがかかるわけだけど、いまだに『ネットの匿名発言は~』とか寝ぼけたことを言っているマスコミとかはわざとなんだろうか?
 新リスト作成した。

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CIMG1901.jpg

 朝方は快晴だったのだが、午前京都には珍しく吹雪のような感じで、多少おさまった昼過ぎ頃に北野天満宮に行ってきた。今年もそこそこの人出だったけど、本殿前の立錐の余地もない人混みの中でさえ傘を差す人々の微妙さについてあれだった。
 おみくじに誤字がある場合、学問の神様あるいは天神様の細道的にどうなのか。

×希望どうり
○希望どおり

 今年は未年だったらしい。初詣に行って初めて気付いた。羊は宗教的な動物だが、たとえば山羊に比べて利用価値がより高いからそうなったのだと思う。
 羊は右、山羊は左。
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 宅急便で母親のお正月料理が届くのを待っている。

 英語力向上のためにAmazon.comでアメリカのべたべたな大衆雑誌(kindle用)でも買おうかと思って、ランキング上位雑誌のサイトを見て回っているうちに気持ちがなえてきた。あまりにもゴシップばかり。もうちょっと何とかならんのか。しかしとにかく何かは買わねばと思い'National Enquirer'の購入ページをさっきから開いているが、気が進まない。しょうもない大見出しばかり延々とみてると、なんか怒鳴られてるような気分になる。
 目をつむって'Us Weekly'ての買った。kindleアプリではページを拡大できないので別途テキストデータが用意されるシステムのようだ。ダブルタップで新ウインドウが開く。とは言え写真だらけであんま記事なかった。
 しかしまあこれはこれ。

 クリスマスあたりから自作サイトの広告料の実入りが落ち込んでいる。最近の実質PVは2万5千/日前後で、広告料の一日の上がりが400円前後くらい(だった)。平均で一日330円ちょいあれば月一万円に届く計算で、ある種の目安にしているのだけど、このところPVはあんま変わらないのに二百円台を連発。いやぁ。
 どうなるのか。

 11時ころにクロネコ来る。

 焼きそばUFO買ってきた。
 まだ食べてないけど食べられそう。
 似てるけど違う、みたいな。店でピンときた。

追記:
 いちおうインスタント麺を食べることはできたが、そのあと小一時間は吐き気に悩まされた。
 実際に吐きはしなかった。

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 「急性即席麺恐怖症」が長期化の様相を呈しているわけだが、現在ストックされている即席麺は4袋でありそのうちで最も早い賞味期限のが2015年の4月1日なのを確認。それまでには何とかしたい。
 昨今うなされるような感じで心身やや低調なのも「急性即席麺恐怖症」に関係あると思われる。なにか得体のしれないストレスが昂じているのかもしれないが、すぐにどうこうできる感じでもない。

 親にお歳暮みたいなものを送ったのだけど、一日遅れで届いたみたい。
 天候が荒れているニュースも特になかったはずだが、単に年末だから混んでいた?しかしそれならそれで配達予定日を調整して表示してくれればいいのに。ずっと昨日の25日のまま動かず「予定通り」の表示。クール便だったから腐るということはないけれど、受け取りが大変だ。
 親は喜んではいたみたいだった。

 頭ではある程度理解していても感覚として理解できないということはあるもので、ナルシシストが持つ他者イメージもそのひとつだ。ナルシシストはある種の自閉性を具えた人々なのでもともと他者(性)を持たないという言い方もできるのだが、現実に他者と関わっているので何らか他者イメージに「相当するもの」は保持しているはずなのだ。彼らの他者性を剥奪した他者(語義矛盾そのものだが)というのがなかなか想像できない。赤の他人=下僕、のような感覚をなんの理由もなしに持つことは普通は困難だ。
 いわゆる「他者蔑視」の概念も不思議なところがある。これは要は「自分でないこと」そのものが他者を軽蔑する根拠であるのだ。ほとんど因縁というか不合理も甚だしいがナルシシストが持つ超越的な自己イメージから導き出せば頭では理解できなくもないかもしれない。しかしこれを感覚として内的に再現するのは簡単じゃない。
 私は最近思うのだが、彼らが変わり得ないことに絶望するようなレベルでは初心者にすぎない。彼らの全肯定的な雰囲気に欺かれてある種の期待を持つからこそ不必要な落胆が待ち受けるのだ。全肯定的な雰囲気自体が黄信号。つまり、話はまったく逆なのである。

 クリスマスに少しだけ聖書を読んでいたのだが、イエスが中風の人を治すときに「あなたの罪は許された」(マタイ9.2)と宣う。これの文脈を普通に読めば中風が何らかの罪によってもたらされたとするのが妥当ではないかと思う。
 仏教にも自業自得とか、前世の行いの悪さが現世に障害や病をもたらすとする考えがあるようだ。
 おそらく、何らかの苦しみがその人の何らかの罪の反映であるとするつじつま合わせは多くの宗教の旨とするところだ。医学の発達しない時代に、病や障害の原因を無理にでも納得するために持ちだされたフィクションと捉えるべきなのかもしれない。あるいは、共同体が異物を排除する生理に則って押された烙印を聖者たちがやさしく剥がしてくれるというストーリーだろうか。しかし、中風の原因が確かにその人物の長年の不摂生による場合もあるかもしれないけれど、体質など本人の生き方の在りようとは何の関係もない場合も少なくないだろう。イエスはそれを見分けたということなのかもしれないけれど。

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 工事がほぼ終わって、足場やシートが取り払われた。
 そうして、マンション外壁塗装の真の目的が判明。
 壁面に新設される広告スペースを目立たせるため、その周囲を暗色にする必要があったのだ!※1

 別ドメイン、また泣きたくなるような初歩的バグを発見して呆然。
 新リロード機能を入れて一旦人が増えかけたのにじわじわ元に戻った原因がこれだったかも。あーあ。しかし今日気付いて修正はした。
 通信機能を改善するために他のサーバ会社のお試しに申し込んでいる。
 実は先月から広告料のあがりが月一万円くらいになってきている。まだ微妙といえば微妙だが。
 いったい私はどこに迷い込もうとしているのか...。

 新しいガステーブルいいんだけどガス代妙に高くなった。調子に乗って頻繁に使ってたということもあったとは思うが、基本的に火力が強くなったんだと思う。中火・弱火を心がけてみよう。

 なんか新サーバの試用期間が開始された旨のメール来た。


※1そう思わないと納得出来ない変なデザイン!

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 相当まだまだだなぁ...。
 いったいRichard Leeとは誰なのか?

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