身辺雑記のブログ記事

CIMG1723.jpg 今日琵琶湖に遊びに行ったのだけど、もう帰ってきた。滞在時間約3時間弱。あまり寝ずに行ったら当地ですこぶる体調悪化。逃げるように帰ってきた。
 不甲斐なし。
 快晴の琵琶湖自体は綺麗でした。

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CIMG1712.jpg 5月4日早朝のツツジ。
 早朝は巷に老人が多く、老人といっても千差万別なのだろうが、なかなかありえない人もいる。日本は儒教国だからことさらに年長者を敬うというのはある種の常識なのだろうが、私は多少の疑いを持っていなくもない。むろん認知症かなにかなら別の話なのだが、まだ意思決定の余地を保っているのにありえない行動をとっている老人はいなくもない。年齢が人品や人格にまつわる何かを根本的に改善するということはないように思う。加齢によって行動のエネルギーが全体に落ちるので、「丸くなった」とか都合よく思い過ごすだけで、本質はなにも乗り越えていない。もろもろ具体的なことは不快になるので書かないが。


CIMG1715.jpg 同日昼頃に遭遇したいつかのデジャヴ、ではなく、教会の看板をよく見ると今度はイースターなのであった。わりと期間が過ぎているような気もするのだが、河原町教会はお祭り好きなのかもしれない。クリスマスは冬至でイースターは春分のお祭りという理解もあるのだろうか。
 あんまり関係ないが、ラザロは復活した後どうなったんだろうか?そのことはたぶん聖書に描かれていないような気がするわけだが、あの後どうなったのかが気になる。単に話がぶつ切りだからというだけでなく、一時的な蘇生でしかないのだとつまらない。あのあと元気に暮らしましたとかだったらいいのに。

 やや鬱々としかけたGW雨のこどもの日に、エレンの歌3番をヘビー・ローテーションして断然気分を取り直している私であるが(単純だなあ)、昨今のお菓子主食化問題を反省しながら風邪の名残の頭痛を気にしている。メロンパン半分食べたしもう空きっ腹じゃないのでパブロンのむか。

 CGIサイト、不測の事態あって性懲りもなく改良に精を出さざるを得なかった。堅牢というにはまだ程遠いかもしれないが、ここまでそれなりに労力を注いだし、そこそこではないか。
 perl(のみではないと思うのだが)で小数の四捨五入が実は案外難しい問題だということを再認識。コンピュータが小数の四捨五入を間違う原理は、10進法で表された数値(小数を含む)が2進法に直した場合に無限小数になってしまう場合があることから来るらしい。例えば10進法の1.15は、小数点第二位で四捨五入した場合1.2になるはずだが、コンピュータ内部で一旦2進法に直す際に循環小数になってしまうので、10進法の1.15に極めて近い数であるにもかかわらず永遠にそれに到達せず、四捨五入の結果は1.1になってしまう。根の深い問題ぽいが、対処してくれるモジュールはとっくの昔に開発されているようではある。どうやって処理してるのか分からないがそれが2進数として無限小数であるということ自体の判断を介在させて対処しているのではないかと推測。
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 CGIサイトの改革をやっていた頃にどんどん体調が悪くなっていったのだが、なんとか復調してきたかもしれない。曖昧な風邪も重なってそこそこ低調だった。
 プログラマって尊敬するけど相当体に悪そうだ。

 CGIサイトが格段に手がかからなくなって嬉しい。
 油断できないが今のところ特にエラーは出てない。
 改革そのものはあきらかにやってよかった。

 前回のエントリーが走り書きになってしまったので今朝多少直していた。
 偏りのある人間は何らかの無理をして社会に適応する場合がほとんどだろうけど、いつかその取り繕いの暴露の瞬間が到来するかもしれない。あるいは暴露されるべきだという気持ちが私にはある。無意味な迎合をするより、人々ができるだけ差異を発見したほうがいい。

 雨間に鳥がさえずりだしている。

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CIMG1709.jpg 観光バスが居並ぶ24日夕暮れの二条城前。残念ながら二条城春のライトアップはすでに終了していますが、これからしばらくは梅雨前の爽やかいい季節。
 春先躓いた体調もようやくいい感じ。

 3年前にこのブログに埋め込んだ字幕CGIにバグ発見で泣きながら(比喩です)直していた。あまりに発見が遅れたのでショッキング。英語など1バイト系の文字を使う言語のユーザーにはあまり気付かれなかったかもしれないけれど、日本語や中国語や韓国語など2バイト系の言語ではそこそこあのバグが出ていたのではないかと思う。私自身英語字幕を読むために字幕CGIを作った経緯があり、2バイト方面のつめが甘かった。
 むろんずっと気付かないより気付いた方がいいに決まっているけれど、タメイキ。

 今年度から乗り換えた『実践ビジネス英語』わりと微妙。受験英語的なダメさ加減が微妙に漂う。英語のレベルとしては『ラジオ英会話』より一段上なのだろうが、番組のレベルとしては『ラジオ英会話』の方が一段上。わりと楽しみにしているテキストのコラムも、Larry KnipfingとColin Joyceでは物書きとしての地肩が違う感じ。というか前者は筆で身を立てている人ではない。
 まあなんにせよもう後戻りはできない。

追記
 寝ぼけて書いてたらYOUTUBE字幕とSRT字幕を混同してわけのわからないことを書いてしまった。当該部分削除。バグについて書いて自分がバグってしまった。

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 読むだけ英語からの脱却を(そう読めるわけでもまたないのが情けないが)目指している私だが、今年度から普段学習のメインを『実践ビジネス英語』に移すことにした。愛着ある『ラジオ英会話』はやはり聴き続けるとは思うが、テキストの方はもう買わないことにしようかと思っている。
 私だけに当てはまることではないと思うのだが、たぶん英語学習で一番やってはいけないのは、無理にジャンプしようとすることであると思う。常に焦らずできるだけ身の丈にあった方法でゆっくり進まなくてはいけない。見栄を張って高度なテキストやトレーニングに手を出さないことが、あるいは分不相応だとわかった時点で、すみやかにグレードダウンすることが正しいふるまいなのである、と多少のにがい経験から思うのである。
 だから今回学習方式をグレードアップするに際して、私はやや緊張気味である。『実践ビジネス英語』はNHKが提供する英語学習番組の中で最難度の番組であり、まさにこれは私にとって過分な「ジャンプ」でありうる可能性もある。まあ、スムーズに行かないようならすぐに軌道修正する柔軟性は保持しておきたい。

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CIMG1682.jpg  中京区津軽町付近の市広報板。名を知らぬ花が非常に勢いよく生い茂っていたので。広報板にもポスターが貼ってありますが、最近京都府知事選で、選挙カーがうるさいです。
CIMG1688.jpg  堀川沿いのソメイヨシノ。
 いずれも4月1日撮影。今年は梅は撮りそびれました。
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 二条城の西側には中学校がふたつ高校がひとつ面していて、付近を朝夕に通ったりすると子供たちだらけなのだが、今夕遭遇した下校途中の学生服の群れの中から、「愛されない」と誰かが無機質な声を発するのが耳に入った。見ると、中学生にしても高校生にしても小柄なひとりの少年がそのように口走ったようだった。
 たとえば、セント・バレンタインデーの今日に、目当ての女の子からチョコレートをもらえなかったために憮然とそのように慨嘆したのか、あるいは、もらえなかった者の地位についてただ一般論として横の友達とでも話した言葉の切れ端にすぎなかったのか。しかし、聞きようによっては、たんに異性から愛されないのではなく誰からも愛されないと主張しているようにも取れ、私は何となく動揺して、群れを横切りながら、怪訝にその少年のメガネの向こうの表情を推し量った。むろんそこまで深刻な感じではないような気はしたのだが、腑に落ちるわけでもなかった。少年がふたたび「愛されない」と繰り返したが、私は彼らの群れを通りすぎてしまった。

 京都の中年以降の女性には、他人が邪魔でどいてほしい時や近寄ってほしくない時に空咳をする人がいる。いつか書いたバス停に居住するあのお婆さんもそうだった(彼女は今ではもう見かけなくなっている)。もちろん、どいて欲しい時に「すみません」とか「あの」とか普通に言葉で表現するちゃんとした人もたくさんいるのだが、いい大人の女性が咳で人を散らそうとするケースが京都では時々ある。
 本当に京都だけに顕著な習慣なのかどうかむろん断定はできないのだけれど、たぶん15くらいの都道府県には(単に通り過ぎただけではなく)行ったことがあると思うが、私は少なくともこのような習慣を京都以外で目撃したことはない。よく京都人はいけずとかお高くとまっている(?)などと言われたりするが、多くの場合ただ野蛮に映るだけかもしれない。
 自分の進行方向を塞ぐ人に向かってわざとらしく空咳をしながらにじり寄っていく「京おばさん」がいたらわりと要注意である。

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  ミラノ・スカラ座バレエ団がザハロワを迎えた『白鳥の湖』のDVDを流しながら書いている。このところ少し抑鬱になりがちだったのだが、いい舞台で、なんだか取り直してきたかも。ただ『白鳥の湖』はこのあとバッドエンドになるはずではあるが...。ザハロワ出演作は『ドンキホーテ』もあったので借りる予定。私がいつか観たザハロワ出演の最初の作品は、日本の新国立劇場バレエ団が彼女を呼んだ『ライモンダ』だったのかもしれない。あんまり自信ないが、ひとりの男性客がうるさく叫んでいたらそれだが。
 鑑賞するのは別にザハロワ作品じゃなくてもいいのだけど、乗りかかった船というか。

 私はあんまり躁鬱の幅がないというか、あってもそんなに「効かない」変な体質のはずなのだが、どういうわけか昨今「解凍」してきたらしく、このところやや気分が沈みがちになったりした。抑鬱から脱出する内的手順は、
①人は不完全な存在だから、厳密な意味での絶望が許されないことを思い出す。
②何か認めたくない現実があるはずなので、それを特定し認める。
という感じであろうか。①は抑鬱に潜む行き過ぎた断念に対する批判を糸口にして、希望の前駆体というかその兆しを復元するというもの。とは言え、気分が沈むにはそれなりの現実的で妥当な理由があったりするのであり、その現実が覆るわけではないのだが、反駁の余地をごく控えめに確保するだけでもずいぶん違う。無知蒙昧なる人間に厳密な次元での断念は許されないのである。②は認めるべき認めがたいことを特定し認めてしまうということで、自己の内的な再構成を行うということである。以前紹介したバーンズの著作もそうだが、②は鬱病関連の本にたいてい書いてあるような心的操作で特に珍しくはない。

 『白鳥の湖』観終わったけど、なんかハッピーエンドになっていた。そういう演出にしたのでしょう。

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 うっすら積もっていた雪を朝の雨が解かしている。今が一年で一番寒い時期と言っていいのかな。

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 なかなか言葉というのは伝わるように書けないものだが、あんまり肩肘張っても仕方ないような気もしてきた。自分の無力を痛感。しかしなんにせよブログの書き方というかそのための心構えをこれまでと変えるつもり。

 去年の暮にツイッターのリストに登録した人が全然ツイートしないと思ったら、いつのまにか非公開になっていた。経緯不明。かなり網羅的に社交的な感じの人物でそれで目立っていたのだが、今月あまり見てなかったとはいえ非公開化の兆候は思い当たらない。なんかあったのかな、とここで書いても仕方ないわけだが。

 最近個人的にネット再評価というか(「再評価」は変か、なんと言えばいいんだろう?)、ネットが本格的に人々の人生の一部というか抜き差しならないツールに進化してきた感じがあるのかなと思ったりしている。私自身もネット上の他者に学ぶ感じが強く、一定の年月を経たりして、受ける衝撃の度合も増す。ある人には特に感謝の念を持っているが、ほぼなんの交渉もないのに一方的にそう伝えるのも奇矯なので、どうもしないけれど。ネットの不思議なところ。
 もちろん自分に「センサー」がない情況や現象にふれても意義は薄いのだが、合致する対象をネットに探し出せた場合、かなり強いインパクトを受ける場合もあると思う。私自身この数カ月で少し変わったと思う。凍った心も少しは解けたか。

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